書き込み
リコは、弟とその守護騎士を連れて家を出た。
庭にある畑をつっきり、端っこにある小屋の一つへとはいる。
守護騎士のタクトは、てっきり農機具等を片付けてあるよくある小屋だと考えていた。
しかし、違った。
「俺たちの秘密基地なんだよ」
と、守護対象であるリンに言われる。
小屋の中は、たしかに子供がつくる秘密基地のようだった。
テーブルとイスが置いてあり、壁には雑貨が置かれた棚と、本棚が並んでいる。
電気も通っているらしく、灯りがついた。
冷蔵庫もある。
テーブルには、地図が広げられていた。
王都を拡大した地図だ。
リコは、雑貨の中から紐がくくりついた宝石を取り出すと。
それを地図の真上から垂らした。
「魔族は現代魔法をよく研究してる。
だから、現代魔法で位置特定をしようものならきっと、すぐ勘づかれる。
だから、こういう昔ながらの失せもの探し魔法、ううん、お呪いなら、きっと大丈夫のはず」
どこか確信をもって、リコは言う。
紐を持った手をゆっくり、地図の上で動かす。
動かして、止める。
動かして、止める。
これを繰り返す。
繰り返しながら、続けた。
とある場所で、クルクルと紐に括り付けられた宝石がまわりだした。
「見つけた」
リコは手早く、その場所に赤ペンで丸をつける。
そこは、王都の歓楽街であった。
すぐそばに、魔族は潜んでいたのだ。
※※※
その惨状を目にして、不謹慎にもその人物は笑っていた。
楽しそうに、笑っていた。
そして、粛々と準備を始める。
実況の準備だ。
現在、魔法もなにもかもが使えない。
魔族による襲撃も受けているらしく、あちこちで悲鳴と怒号があがっている。
魔族たちは、ジワジワといたぶるように王都に住む者たちを傷つけているらしい。
こんな状況の中、否、こんな状況だからこそ配信者は、実況をしようと思い立ったのだ。
人気配信者だからではない。
もともと、この配信者はイカれているのだ。
「久々だなぁ、掲示板実況するの」
と、配信者はのんびりと呟いた。
動画配信はできない。
しかし、奥の手として配信者は掲示板実況を選んだ。
魔法も、メッセージも、配信すらできない状況だ。
状況のはずだった。
しかし、配信者は知っていたのだ。
一部の匿名掲示板は、こんな時でも生きている、ということを。
だから、配信者はスレ立てをしようとした。
でも、やめた。
とあるスレが、目に入ったからだ。
《【報告】どうやら魔族が暗躍してるっぽい【スレ】》
これが、そのスレのスレタイであった。
どうやら、薔薇ジャム――リリス嬢の立てたスレッドであるらしかった。
ちょうどいいから、これを使って実況の宣伝をしよう。
配信者はそう考えた。
早速、書き込みをしてみる。
すると、こんな状況でも無事な者たちが、頼まれたわけでもないのに次々と生存報告をしてくる。
そんな中、見慣れたコテハンが書き込みをした。
情報が錯綜する中、死亡説が出始めていたリンの書き込みであった。
※※※
一方、その頃。
王宮内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
現状について、次々報告が上がってくる。
「それで、彼の行方は?」
王子が険しい顔で、訊ねる。
しかし、部下たちの返答は芳しくない。
この騒動に巻き込まれ、命を落とした聖女紋持ちも多い。
ましてや、リンがこの騒動の直前にいた場所が最も被害が大きかった。
「そうか、わかった。
どんな姿でも見つかったらすぐに報告をするように」
それは、最悪のことも視野に入れた言葉だった。
事実、最悪の結末となった聖女紋持ちたちの姿を、王子は確認している。
大聖女やほかの聖女紋持ち、そして神官達が必死に蘇生をおこなおうとしたが、できなかった。
蘇生魔法が使えないのだ。
蘇生魔法だけではない、ほかの魔法やスキルも全て使用不能となっている。
通信機器すら、使用できていない。
そのため、救助も治癒も魔法に頼ることができず、犠牲者が増えていく一方にも思えた。
魔法が使えなくなる。
それは、少なくとも歴史上ありえないことだった。
どんな災害が起きようと、また他国から侵略があろうと、魔法だけ使えなくなる、ということは無かったのだ。
積み重ねてきたマニュアルが役に立たない。
毒づきそうになるのをこらえ、指示を飛ばす。
不幸中の幸いだったのは、有事の際の予備としてリンやほかの聖女紋持ちたちが作ったポーションの在庫がたんまりと備蓄されていたことだ。
魔法こそ使えない状況だが、ポーションは効果を発揮してくれている。
リンの作成したポーションなら、死者の蘇生も可能であった。
そんな時だった。
バタバタと顔色を変えて、次期大聖女候補として二位の位置にいる少女、リリスがどこかに向かおうとしていた。
それに新しく配属された守護騎士が追従している。
新しく配属された、とは言ってもリリスとは旧知の仲である。
元々、彼女の家に仕えている護衛の一族の一人だ。
ほかの守護騎士がそうであるように、剣聖紋持ちである。
いったいこんな状況でどこに行くのか。
声を掛けるまもなく、そして、普段のリリス嬢からは想像できない素早さで、彼女は走り去っていった。
「嫁入りして、お転婆も少しはマシになったかと思ってたんだけどな」
リリスに追従している守護騎士が言った。
「あら、まだ殿下とは正式な婚約はしていませんよ」
わざとらしく、おほほほ、と笑ってリリスは幼なじみでもある守護騎士へ言葉を投げた。
「あぁ、でも安心しました。
リンさんが無事で……」
王宮から、負傷者の救命活動という名目で出る。
守護騎士を伴っていたおかげで、すんなりと外へ出られた。
そこから一旦、人目のつかない場所へ移動する。
「けど、本当にいいのか??
聖女紋持ちの仕事を放棄して」
「あら?
なんの事でしょう?
私はしっかりと、お役目を果たすために城を出てきたのですよ。
そして、向かった先でたまたま、リンさんや配信者さんと顔を合わせるだけです」
「相変わらず、いい性格してるなお嬢」
リリスの守護騎士は、あきれていた。