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 今日のドラマの内容も素晴らしいものだった。

 通勤時、ヒロシの母は自転車の前籠にバッグを入れているのだが、信号待ちをしている際にスクーターに乗っている男に突然奪われてしまう。それを知った息子のヒロシは仲間たちと協力し合い犯人捜しをするのだが、犯人は犯人でヤクザに理不尽な借金を背をわされやむにやまれずの行動だった。

 最後は警察を巻き込んだ大窃盗団逮捕となり、全国ニュースで取り上げられるなど、母の被害をきっかけにヒロシの活躍は大きなものになったわけだ。

『あんたはアタシの自慢の息子だよ!』

 興奮に顔を高揚させながら言う母に、ヒロシは珍しく照れている。そうして言うのだ。

『うるせえよ、クソババア』

 躰をそわそわとさせながら言うヒロシの姿に、やはり「クソババア」は特別な言葉なのだと、宝稀は静かに確信した。

「いつか、お母様にも言ってみたいものね。それまでに心込められるよう、練習しなくてはね」

 そう呟いたあとで、あと十日の命でしかないのに言えるだろうかと不安で気持ちが沈むのを抑えられなくなってしまった。

 結局、半分以上食事を残してしまい、シェフに申し訳ないままワゴンを廊下に出す。

 ふと微かに漂う香ばしい香りに気がついた。

「まだお食事中なのかしら……」

 二人とも近頃食べる量が増えたが、宝稀が下校する前から夕食を初めていて、かれこれ三時間以上が経っている。どれほどの量を食べているのかはわからないがシェフも働き詰めで大変だろう。

 廊下に出て、リビングから遠巻きにダイニングを見た。見つかったらまた悲しいことを言われるような気がして、両親に気付かれないようにするためだ。

 両親は未だ食事中だった。

 食べ終えたそばからメイドが皿を片付けているため、どれほどの量を食べているのかわからないが、和洋折衷の料理がテーブルに山を作っている。その一つ一つをナイフとフォーク、時には手づかみになって猛烈な勢いで食べている。

 会話は一切無いものの、けっしてマナーが悪いわけではなく、淡々と、時には豪快に大口で囓る姿は、食欲を満たすというより、最後の誕生日を向かえる娘のために自身も修業をしているようで、見ていると悲しさの中に熱くなるものを感じる。

 宝稀はそっと場を離れて、部屋に戻った。

 鍵を掛けると、急に目頭が熱くなってしまい涙を拭った。

「……お父様もお母様も、私を想ってのことなのね……。だからあんなにも無理をしているんだわ。私が不出来だったばかりに……ごめんなさい」

 出来が悪ければ食べられてしまうことをもっと早くに知っていたら、宝稀はもっと良い子になれるよう努力しただろう。

 子には言ってはならないルールでもあったのだろうか?

 クラスメイトからそんな話を聞いたことがないということは、口外すると一家の恥になるからだろう。恥の件は母も言っていたし、唇を噤むべき事象に違いない。

 学院の生徒の中には伝統を重んじる家の子も多いし、皆が皆、本心で会話をしているようには見えない。

 ましてや宝稀には一人も友人がおらず、普段から会話も殆どない。

 今日はサミットさんに声を掛けられから何人かの生徒と話をしたが、会話と呼べるものではなかったように感じる。そんな浅い関係の宝稀に、一家の恥になるような出来事は言わないだろう。無言、宝稀も言えない。

「孤独ね……」

 宝稀はぽつりと零した。

「私には本音や秘密を語れる友人がいない。そもそも友達がいないし、お母様にもクソババアと言えるような心の強い繋がりを作れなかった……。きっと私が未熟なせいね。それを不出来と言うのだわ」

 考えれば考えるほど、自分の至らなさに気付いてしまい悲しくなる。

「お父様とお母様の優しさに甘えすぎていたのね……」

 両親への信頼を回復する機会を得られなかったことは悔しいが、せめて望み通り傷一つない躰でいようと努力しよう。そう、ささやかな誓いを立て、宝稀は小さく溜め息を落とした。

 明日は日曜日。

 部屋に引き籠もり、両親への思いを巡らせながら一日を静かに過ごすつもりだ。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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