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 時刻は四時半を少し過ぎたところ。これから一時間ドラマが始まる。

 とある繁華街で暮らす不良たちが派閥を争い拳と拳をぶつけ合うという内容だが、時にミステリーがあり、ライバル同士で手を組み犯人捜しをしたり、時には街で働く女の子たちを守るためにボディガードをしたりするのだが、その一部始終が荒々しい口調の連続で、真剣に観ないと理解できないのだ。

 会話は荒々しいものばかりで世間知らずの宝稀にとって難解なものだが、内容は面白く、ドラマの放送時間だけはつらい現実を忘れられた。

 スイッチを付けてアンテナを伸ばし、暫くチューニングを合わせると、手の平サイズの小さな画面に映像が出た。

 五分間の天気予報がはじまり、明日は快晴だと教えてくれる。暫くは晴れ続きのようだ。

 それから何本かのコマーシャルが続く。今までテレビを観たことがない宝稀にとって、大袈裟な身振り手振りで紹介する通販のコマーシャルでも興味深くて仕方がない。

『今日紹介するのはこちら! さあ、こちらの包丁を御覧ください! 傷一つなく綺麗でしょう! もうぴっかぴか! 美しさだけじゃなく、その切れ味が素晴らしい! 御覧くださいっ、トマトがほら、まるで薄紙のようになるんです!』

「新品なのだから傷がないのは不思議なことではないわよね? ましてや切れ味の良さとなると、新品だからこそ……」

『そこのあなた! 新品だからよく切れるのは当然じゃない! と、お思いでしょう? では御覧くださいっ、こちらのコンクリートブロック! ほーら、かっちんこっちんだ。そのコンクリートブロックで~、この包丁を~、こうだ! こうだ! こうだー!』

 小さなモニタの中で捻り鉢巻きの男性が包丁でコンクリートブロックに斬り付けている。

『ちょっと~、ウリスギさ~ん、さすがにこれはやり過ぎですう。ウリスギさんがヤリスギ~!』

 ゲストの中年女性で男性の背後で慌てている。

『こんなんじゃ切れ味最悪になっちゃいますよねえ! ねえ、視聴者の皆さん!』

 ぱっとカメラ目線を作った女性ゲストに、宝稀もおもわず頷いた。

『いえいえいえ! まだまだこの程度では終わりませんよ! さらに~~この金ヤスリでゴシゴシゴシ~~!』

『えー! 金ヤスリー⁉』

「まあっ。全力で大袈裟なパフォーマンスっ。嫌いじゃないわ、この大芝居……っ」

 宝稀はおもわず腰を浮かせて、高揚に拳を握っていた。

「目の肥えた視聴者を引き込むためなら、大袈裟なくらいが丁度いいということなのね。けれど、相手は金属よ。刃先の劣化は不可避のはず……その賭けに勝算があるのかしら」

 きゅっと唇を噛み、金ヤスリの上を滑る包丁を凝視する。摩擦面からは今にも火花が散りそうだ。

 頭ではパフォーマンスであろうと理解しているのに、会社を代表して商品を売っている画面の中のウリスギという名の彼が大失態を起こしてしまうとも限らない。

 まさか、彼は包丁に人生をかけているのだろうか。

「――っ」

 宝稀は不安と興奮に胸が掻き毟られた。

『やだーっ、本当に大丈夫なんですかっ、ウリスギさ~ん⁉ メーカーさん、不安になってないかしらっ。アタシ、どうなっても知りませんよおっ』

 ゲストの中年女性も不安そうにおろおろしていると、漸くウリスギさんの金ヤスリで研ぐ手が止まった。

『ふう……ここまでやったら普通の包丁では刃こぼれして、到底何も切れません。確実に刃先はぼろぼろでしょう。もう捨てるしかない』

『絶対にそうよ~! もう使い物にならないわっ』

『では研ぎますか? いいえ! そんなことするの面倒でしょう⁉ そこでこの包丁! その名も包丁の極み! さあ、もう一度トマトを切ってみましょう。トマトを、こうして、こう―――御覧ください! 先程よりも薄く切れてしまいました!』

『えー! うっそお! 本当なのお⁉』

『これが包丁の極み! 包丁の極みの真の力です!』

 向こうが透けてしまうほど薄くカットされたトマトを左手に、そしてコンクリートブロックと金ヤスリの猛攻にも堂々と勝利した包丁を頭上高く上げ、男性はその名を繰り返す。

 大勢の拍手を聞きながら、宝稀はゆるゆると左右にかぶりを振っていた。

「極めたわね……」

 感動で胸がいっぱいになり、大きくを吐く。

 彼は賭けに勝った。――いや、賭けなどではない。

 包丁が持つ本来の能力を彼が最大限に引き出して、視聴者にわかりやすい視点で見せつけてくれたのだ。何も知らない宝稀を含めた視聴者はゲストの不安に呑まれ躍らされて、大勢の視聴者の前で犯す行為の真価を見誤っていたのだろう。

「いつか紙のように薄いトマトが必要になる暁には、必ず手に入れなければならないわね……。包丁の極み。確かに覚えたわ」

 宝稀は頷きながら、日記帳に「包丁の極み」と書き込んだ。

 昨日のページを見ると、「マルチクロスゴールド」と書かれている。油から水に至るすべての液体を一瞬で吸い取ってしまう恐ろしい商品だった。

「……この世界には私の知らないものが沢山あるのね。私はなんて無知識なのだろう。もっと世界を見なければいけないわ」

 けれど十日。

 ふと、現実を思い出してしまい、宝稀は睫毛を伏せた、

「あと十日で、私は何ができるのかしら……」

 感動の溜め息から落胆の吐息に代わると、ドラマが始まった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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