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あと十日。
十日後に誕生日を迎える宝稀は、両親に食べられることになっている。
十五歳の春、両親は宝稀を「出来の悪い子」と判断した。
それは家庭科の授業でクッキー作りを学んだあと、家で両親のために作ってみせた夜のことだ。
授業ではうまくできたつもりだったが、いざ家でしようとすると手こずり、その要領の悪さと出来の悪さに呆れたのだろう。
不格好なクッキーを平らげてくれたあと。
「宝稀さんは出来が悪いので、私たちが責任を持って食べることにします」
と、父の時司は言った。
はじめ、何を言われているのかわからなかった。
両親が自分を食べる? そんなことがあるかしら? と、現実感がなさ過ぎて、何かのジョークかと思ったのだが父の表情は頗る真剣だった。
「出来の悪いモノを作ってしまったとき、作った者たちが責任を持って食べるのです。つまり、両親が出来の悪いあなたを責任持って食べるのです」
父はけっして冗談を言っているのではなかった。そうして、母も当然だという表情で頷いた。
「人は皆、そうしてきました。あなたも決意なさい」
クッキーなど作らなければこんな恐ろしい判決を聞かずに済んだのではないかと頭の片隅で思ったが、しかし宝稀はすぐに承諾することなどできない。
「初耳です。なぜ今まで誰も私に教えて下さらなかったのです⁉」
「一家の恥だからです。皆、秘密にしています。秘密は守らなければならないのですから、口外などするはずもないのです」
父の言葉は十五歳の少女にも淀みがなく、冗談どころか恐ろしいほどの真剣味を帯びて、宝稀を圧倒した。
これはもう受け入れなければならない事実なのだろう。
たった一度クッキー作りに失敗しただけで「不出来」の烙印を押されてしまうなんて、不幸過ぎはしないだろうか。しかしその一方で、何の不自由もなく育ててくれた深すぎる愛情の意味が今、わかった気がする。
つまり、両親は失敗しない人間を育てようとしていたのだ。
十五歳の今日まで合格に合格を重ねてきた宝稀は、最後の最後で大きなミスをしてしまったに違いない。それは人生において、どこで足を踏み外しかねない罠のようなものだろう。
「私はいつ食べられてしまうのでしょうか……」
強烈な目眩を覚えながらも、宝稀は声を震わせて両親に尋ねた。
今日、明日、それとも一月後? 半年後? できるかぎり先であってくれと、切に願った。
「今すぐにと言いたいところですが、丁度今は腹が満たされています。明日にしましょう。美味しく食べなければ意味がありません」
父の言葉に「ええ」と、母が頷いた。
「……美味しく……」
愛娘と誇らしげに言ってくれた両親にとって、宝稀は既に食材なのだろうか。軽く目眩がした。
けれど、ここで現実を甘受するわけにはいかない。
「で、では、……では、もう少し待たれてはどうでしょうか? 私は十五歳。未熟な身です。肉もさほど付いておらず、お父様たちの望む『美味しい』状態とは到底言いがたいでしょう。成熟するまで待たれては……?」
生きたいがあまりに宝稀は強い口調で言った。
胸の中は心臓が激しく鼓動して、張り裂けてしまいそうだ。痛くて苦しい。呼吸も浅く、こめかみにはじっとりと汗が滲んでいる。
これは命の駆け引きだ。
一日でも長く生を勝ち取る、人生最後の大駆け引きになるだろう。
宝稀は背中にまでじっとりと汗を掻きながら、ダイニングテーブルに着く二人を交互に見た。
「熟成……それはとても美味しいものだ」
父がじゅるり、と涎を啜っていた。
「確かに美味しいものです。若い仔牛よりも熟成肉のほうが味に深みがあって私は好き」
母が唇を舐める。
「では、私が大人になるまで待ってくださるということですね……っ」
僅かながらも希望を持てたことに宝稀ははっとしたが、父は左右にかぶりを振った。
「いいや。それでは我らが餓えてしまう。一年だけ待とう。宝稀さんの十六歳の誕生日に、あなたを食らうとしよう」
父の言葉に、母が「ええ」と笑顔で大きく頷いた。
「決まりです。あと一年。けっして体を痛めず、健やかに暮らしなさい。それが今まで育ててきた我々への恩返しになるのですからね」
穏やかな口調で、冷酷なことを言う母に宝稀は小さく肩を震わせるばかりだった。
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