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そもそも彼女の登場は不思議だった。
砂利を踏みしめる足音や声を掛けられるのがあと数秒遅れていたら、宝稀はきっと不安に押し潰されて泣いていただろう。本当にギリギリのところで彼女の存在に気が付くと、一気に不安を払拭するような、眩い日の光を浴びたような心地がしたのだ。
普段なら誰に対しても警戒心を抱く宝稀が、彼女とはすぐに打ち解けた。他人のものを味見したのもこれがはじめてだ。ドラマの話をしたのも。
「フツーだよ! アタシなんて平々凡々! 毎日がフツー過ぎて全然つまんないもん。だから、白蘭女学院の制服を見つけたときにびっくりしたんだ。退屈な日常に超人気のアイドルが登場した感じ! すっごくドキドキしちゃったー」
あはは! と、屈託なく笑った江威子に、宝稀は今日ほど学院の生徒でよかったと思った日はなかった。しかし同時に江威子が羨ましくも感じてしまう。
「平々凡々な日常は、私にとって憧れるものだわ」
「へえ⁉ そうなの? やっぱりお嬢様って習い事が多かったり、おうちが厳しかったり? あ! パーティ三昧とか?」
「そういう生徒もいるのかもしれないけれど、私はそういう意味ではなくて………」
ふと、両親のことを思い出して宝稀は悲しくなった。
宝稀がこうしている間も、両親は一日も早く食べられる日を待ち侘びて食卓に向かっているのだろう。もしかすると帰宅していないことに気付いていないかもしれない。
「……ほまれちゃん?」
急に黙り込んだ宝稀を心配して、江威子が顔を覗き込んできた。それでも言葉に詰まってしまい何も返せない宝稀を彼女はどう思ったのだろうか、胸の前で腕を組むなり「うーん」と空を仰ぎだした。
大袈裟なリアクションの子だと思うが、それがかえって宝稀にはわかりやすくていい。
彼女はとても素直で友達思いで、そして快活な子なのだろう。不思議と安心感を覚える。
「ねえ、ってことは、ほまれちゃんは今迷子ってことなの?」
「……ええ。ええ、そうです」
「うーん……ま、警察なんて大事にしたくないしね。おうちの人は心配していないの?」
「……多分、私がいないことに気が付いていないと思う」
「わお。そうなんだ。うーん……」
そうしてまた江威子は腕を組んで呻きだした。
眉を顰めたり、唇を引き締めたり、絵に描いたような、いかにも「悩んでいる」という表情だ。
とてもわかりやすい……と、密かに感心していると、閉じていた瞳をぱっと開いた。
「ちょっと待ってて」
そう言うと彼女は、制服の上着のサイドポケットから携帯電話を取り出した。
宝稀は持たされていないが、ドラマでその知識はある。学院内は携帯電話の所持を禁じているが、少々悪い子たちは当たり前のように持っているのを知っていた。
その携帯電話を素早く操作すると、彼女はどこかに電話をかけはじめた。
「――パパ? 今夜お友達を泊めてもいい? んでね、彼女学校が違うんだ。ちょっと遠くてさあ。電車もバスもないから、朝、学校へ送ってほしいんだけど……あ! 本当? わかった! ありがとう! うん……うん、コロッケね! 了解~!」
通話を着ると、江威子は笑顔を浮かべながらぱっと宝稀を見た。
「今日、うちに泊まらない? 明日、パパが学院まで送ってくれるって! それなら問題もないんじゃない?」
「い、いいの……? 急にお邪魔してご迷惑にならないかしら」
「なんないなんない! うち、結構友達が泊まりにくるんだよね~。昔っから寄り合い所とか言われてるんだって。あ! でも、そうは言うけど綺麗な家ってわけじゃないからね。単に遊びに来やすいってだけ」
「そんなこと気にしませんっ。ありがとう! 一晩宜しくお願いします!」
ブランコから立って宝稀が深々と頭を下げると、江威子も嬉しそうにした。
「明日も学校だからあんまり長話はできないけど、いっぱいおしゃべりしよ! 帰りに、ミサトでプリン買って、一緒に食べようよ」
「まあ! すごく愉しみ!」
「よし! そうと決まれば、おつかいしてお菓子屋さんへ行こう! ノザキマートでコロッケ買ってこいって言われちゃったからね!」
「お手伝いしますわっ」
「じゃあ、ほまれちゃんはプリンを持ってね!」
「はい!」
二人は大急ぎでジュースを飲み終え、自販機脇のゴミ箱に捨てると並んで公園を出た。
江威子とのおつかいはそれはもう愉しいものだった。
商店街で一際いい香りを立てる惣菜屋で特売のコロッケを十個買い、三軒先にあるパティスリーでプリンを二個買い、家族用にとシュークリームを三個買った。
シュークリームが百円に対し、プリンが二百円だったのであえて聞かずとも特別さを感じてしまい、それがたまらなく嬉しい。
宝稀にのし掛かる現実は何一つ変わらないが、偶然にも江威子と出会えたこの瞬間は人生最大の喜びであり奇跡だ。二人で過ごした時間と思い出を胸にあと数日がんばろう――そう強く誓えるほど、彼女から多くの勇気と喜びをもらっていた。
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