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2

 朝食を食べ終えて登校の時間になり、部屋を出た。

 ワゴンを廊下に出すと、クリームソースの香りがリビングのほうから漂ってきた。

「朝から今日も食欲旺盛だわ。夜遅くまで食事されているようだし、ちゃんと休まれているのかしら……」

 心配しながらもリビングへ行くと、更に奥のダイニングでは今日もいつものようにテーブルで山盛りの料理を食べている。

「おはようございます、お父様、お母様」

「おはよう、宝稀さん。誕生日まであと九日だね」

 挨拶のあと、確認するように父が言った。口の周りが油で光っている。

「まあ、あと九日。待ちきれませんねえ……早く誕生日が来ないかしら」

 母は朝の挨拶もなく、鶏の足をしゃぶって言った。

「学校へ行ってきます」

「ああ、いってらっしゃい。くれぐれも怪我をしないように」

 父の言葉に母も頷いて、二人は再び料理に手を付けはじめた。

 そんな二人を少しの時間無言で見て、宝稀はそっと背を向けた。

「……そうね。私はもう娘ではなく食材なのだったわ」

 以前は玄関まで見送ってくれたが、両親にとって宝稀は娘ではなく、九日に食べられる楽しみな食材なのだ。

 腹に力を込めなければ気落ちしてしまいそうな現実に抗うように、宝稀は玄関へと向かう足を速くした。

 玄関では既に車が待っており、絢辻がドアを開けてくれた。

 車内では一切の会話がなく、静かなものだった。

 学院生活はいつも通り。火曜からはじまる学期末テストの説明があった程度で、得に代わり映えのない一日だ。昼食はいつも食堂なのだが、運良く一番お気に入りの席が取れたことだけが嬉しかった。

 下校時間を迎え、車が待つロータリー脇の駐車場へ向かった。

 誉の姿が見えると、運転手の絢辻が運転席から出てくる。

「お帰りなさい、宝稀様」

「ただいま、絢辻」

 宝稀の言葉を合図に絢辻がいつも通りにドアを開けくれた。

 それに乗り込もうとした直後―――。

「宝稀さん!」

 サミットさんの呼ぶ声に足止まった。

「サ……吉祥寺さん」

「さ…?」

「いえ、なんでもありません。私に御用ですか?」

「ええ……あの、そのっ……っ」

 よほど急いできたのか、サミットさんは息を切らしていた。少しの時間息が整うのを待ち、宝稀は返事を待つ。

「ごめんなさい。漸く落ち着きました。あの、……先日のお誕生日会のお話なんですが」

「ええ」

「図々しいお願いと知っていて改めてお願いしますわ。どうかわたくしを招待していただけないでしょうか……っ」

「え…?」

 サミットさんにじっと見つめられて、宝稀は小さく困惑した。

「とても興味があるんですのっ。学院一の憧れの的である宝稀さんのお誕生日会で、お父様がどんな素晴らしいポエムを披露してくださるのか……。世界的な作家先生のポエムですもの、ぜひ拝聴させていただきたいのですっ」

「それは……」

「内々の会であることは重々承知しています。けれどお願いします、宝稀さん!」

「……」

 一心に見つめられて宝稀は返事に詰まった。

 その日は両親が宝稀を食べる日だ。祝う日ではなく処分する日なのだから、いくら頼まれたところで呼べるはずもないだろう。それとも宝稀が両親に食べられるところでも見たいのだろうか。

 そもそも、何がポエムだ。

 ギトギトとてかる油まみれの口で紡がれる祝いのポエムなど、誰が聞きたいだろうか。

 ふっ、と自嘲気味な笑みが零れると、サミットさんははっとしたように期待した表情を浮かべて見せた。

 宝稀の生まれ持った容姿の悪いところだ。

 皮肉めいた笑みでもなぜか可憐な微笑みに見えてしまう。

「ごめんなさい。承諾しかねます」

「そ、そんな……そこをなんとか……っ」

「しかねます」

 毅然とした口調で返した宝稀のすぐ脇でバタンと大きな音がして、はたと我に返った。

「――え?」

 なんの音かと思ったら、宝稀の返事に被さるように、絢辻が後部座席のドアを閉めたのだと気が付いた。

「絢辻? どうしたの?」

 宝稀の問いに絢辻は答えることなく、無言で運転席に乗り込んでしまう。

 宝稀は小さく焦った。

「絢辻っ、絢辻、返事をなさいっ」

 しかし絢辻はまるでそこに宝稀など存在していなかったように無表情のまま、静かに車を出してしまった。

「待って、私はまだここにいます…っ。絢辻!」

 ゆっくりと動きだす車を宝稀は小走りで追ったが、その姿すら絢辻は気が付いていないようだ。

「絢辻っ。私はここにいいます! 絢辻!」

「ま、まあ! これはどういうことなんですの?」

 主人を置き去りにして勝手に行ってしまった車を、宝稀とサミットさんは呆然として見送ることしかできなかった。

「……一体なにが起きてしまったの?」

 運転手の突然の奇行に意表を突かれて、宝稀は混乱するばかりだった。

「宝稀さんを置いて行ってしまわれたわね」

 改めて訊ねなくてもわかっていることだが、受け入れ難い珍事に夢ではないかと思ったが、彼女に念を押されてしまった。

「どうするんですの? 車は行ってしまいましたけれど」

「どうと言われても、私にはまったく……」

「そうだ! うちの車でお送りしますわ。おじさまはご在宅なのかしら、ご迷惑でなければご挨拶をさせてくださいませっ」

 途端に目を輝かせたサミットさんの意図をすぐに理解して、宝稀は内心吐息を零した。

 どうやら彼女は父時司の大ファンのようだ。父と出会うきっかけを欲して、宝稀に近づいてくるその熱心な様子は少々胸焼けを起こしそうだ。

「ありがとう。そのお気持ちだけ受け取っておきますわ」

 宝稀はにっこりと笑顔を返した。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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