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序章 舞踏会は突然に

「海袋、海袋です」

 スパイキーショートヘアの青年は、翔南神宿ラインの電車を降りて、海袋東口から外に出た。

 青年は学生鞄の持ち手を両腕に通して担ぎ、両手をポケットに突っ込み爽やかな春の陽気に包まれた、人が行き交う街をただ学校に向かって歩いていた。

「昨日のテレビ見た? 昌磨君メッチャかっこよかったんだけどー!」

「え? お前見てねぇの? 最強ハブchのあの企画、趙おもろかったで、同接も凄かったしよ~」

「見てよコレ、『苗木議員、謝罪会見中にカツラがズレ落ちてハゲがバレる』だって超ウケる」

 歩いている生徒達と擦れ違い、ムーンシャイン通りを抜けて、校門前で青年は立ち止まった。

(ここが俺の新しい学校か・・・・・・心機一転して真面目に生きるって決めたんだ、俺は。先ずはトラブル無くここを卒業してみせる)

 青年は一呼吸置き、私立大海高校の中へと入った。


「え~、HRの前に新しい仲間を紹介します。君、入って」

 担任に呼ばれ、青年は教室に入った。

「夜瑚浜の海王工業高校から転校してきた姫川亜螺(アラ)(ジン)君だ、みんな仲良くな」

(浮かねぇように、明るく)

「姫川亜螺仁ッス、この街の事はあんま知らねぇし知り合いもいねぇから仲良くして欲しいッス、よろしくお願いしま~す」

 アラジンは朗らかに自己紹介を済ませた。

 本来なら拍手なり黄色い声が上がるなりするのだが、教室はそれとは違った感じに騒がしくなった。

「あの人ってヤンキーなんでしょ? 怖いんだけど」

「同じクラスとか怖っ、何されるか分かったもんじゃない」

「確か喧嘩売ってきた相手全員の片腕へし折った上で、追い打ち掛けて病院送りにしたんじゃなかったっけ? おっかねーよ」

「神宿を縄張りにしている暴走族とあの人が入っているチームが、抗争中じゃなかったっけか」

「静かに、それじゃ姫川君はあそこの席に座って」

「あ、はい」

 アラジンは、指定された窓際の一番奥に一つだけ設置された、隣の席が無い座席に座った。

「それではHRを始めます」

(そりゃそうだよな、分かっていたさ)


「おかえりアラジン、学校はどうだった?」

 帰宅したアラジンに彼の姉の亞莉子(アリス)が尋ねた。

「ああ、いい所だと思うよ。まぁ馴染めっかは分かんねぇけど」

「そう・・・・・・」

「アラジン帰ってきたのかい、おかえり」

「ただいま、エド兄貴」

 点字で書かれた本を読んでいた、アリスと一緒にリビングに居たアラジンの双子の兄、恵土(エド)は声を聞いて挨拶をした。彼は一年前に転校して、夜瑚浜に在る盲学校に通っている。

 登校は彼の母親が学校へ車で送り、迎えは短大生の姉が迎えに行っている。

「何でも新しい学校に馴染めるか不安みたいだね」

「ああ、ちょっと周りの奴等が俺におっかなびっくりだったんだ。あ、でもただ緊張してただけかもしれねぇから、明日には俺に話し掛けてくれたりすると思う・・・・・・だから兄貴は心配しないでいいぞ」

「分かった。まぁアラジンは明るいから直ぐに友達もできるだろうし、学校にも直ぐに馴染めるさ」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 アラジンは元気いい風に答えた。

「・・・・・・俺は部屋に行くから、メシができたら呼んでくれ」

 

「アラジン、夕食―!」

「・・・・・・今行く」

 寝ていたアラジンは呼び掛けに答えて、自分の部屋から出てリビングに来た。

 そこでアラジンは、家族と他愛無い話をしながら夕飯を食べた。

 それから三十分程した後に、アラジンはエドと共に一番風呂に入りに行った。

 風呂で目が不自由なエドの手助けをする事は、一年前からアラジンの日課となっていた。


「風呂空いたぜ」

「あ、うん。分かった~・・・・・・」

 アラジンは、リビングでスマホに夢中になっているアリスを横目に、エドを連れて自分達の部屋に行こうとしていた。

 すると、アリスが不意に話し掛けてきた。

「何かアンタって『戦車』みたいよ」

「は? 何がだよ」

「バースデータロット。面白そうだから家族のスマホで調べてみたんだ。で、アンタは『戦車』、私は『星』、エドは『吊られた男』、父さんが『世界』で、母さんが『月』だった」

「あっそ、じゃあおやすみ~」

「姉さんおやすみ~」

「おやすみ~」

 アラジンはいつもの事だと気に留めずに、兄の手を繋いで部屋に向かった。そして兄を彼の部屋まで送ったら、自分の部屋に入った。


「ふぁ~ねみぃ~」

「おはよう、アラジン」

「おはよ、お袋」

 アラジンは午前六時頃に起きて、朝食を食べた。

 それから出掛ける準備をして家を出た。

「それじゃ、行ってくるぜ」

「行ってらっしゃい」

 アラジンはマンションから夜瑚浜駅まで歩き、昨日と同じ時間の電車で海袋駅に向かった。

 

「よぉ、姫川亜螺仁~、イメチェンか? カッコイイねぇ」

「あ? 何だテメェら」

 学校近く迄来た所で、アラジンの前に五人組の男子高校生が待ち構えていた。

「まさかオメーが転校してくるなんてよ~驚いたぞ。どういう要件だコラ」

 アラジンに突っかかっているツーブロックの男が尋ねた。

「はぁ? 何も狙ってねぇぞ」

「嘘吐けよ、東京進出するつもりなんだろ? え? 暗怒露威吐(アンドロイド)の特攻副隊長さんよ~。だが残念だったな、海袋は俺等のチーム(フェン)(リル)が仕切ってんだわ」

 今度は真ん中のオールバックで太った男が、アラジンに突っかかってきた。

 因みに特攻隊長とは、暴走族のポストの一つで攻撃に特化した役割である特別攻撃隊の隊長のことである。特別攻撃隊は検問の突破や車止め、喧嘩になった時の一番槍が仕事である。それ故に、逮捕や怪我のリスクが高く、度胸や根性が最も要求される役割である。

 アラジンは一年前まで、特攻隊長の補佐である副隊長をしていた。

「そうかよ。今の俺にはもう関係無い事だし、別にお前らのシマを荒らす気もねぇから好きにしな。だから通してくんねぇか? 学校に遅刻しちまう」

「通す訳ねぇだろ、フクロだコラァァァ!」

 真ん中の太った男が吠えると、周りの連中も一斉にアラジンに掛かっていった。

「死ね、姫川ァァァァ!」

 アラジンは振りかぶって飛ばしてきた細身の男の右拳を、バックステップで避けつつ左手で上に弾いた。

「姫川ァァァ!」

 間髪入れずに細身の男の隣のツーブロックの男が殴りに掛かってきたので、アラジンは上に弾いた右腕を掴んで引っ張ると、勢い良く水平に放った。するとその放った右拳はツーブロックの男の顔面に裏拳として入った。

「ぶっ」

 アラジンが休む間も無く、真ん中の男がバットを、その横の坊主の男がナットの付いた鉄パイプを、一番右の長髪の男が木刀をそれぞれ振り上げていたので、アラジンは先ず細身の男を両手で強く押して、真ん中の男にぶつけた。

「うわっ」

「テ、テメェ邪魔なんだよ」

 アラジンの行動によって、バットの男は狼狽えた。

 バットの男が困った隙に、更に彼はその男の手からバットを引っ張って奪った。そして太った男に気を取られている坊主の男と、長髪の男の手の甲をそれぞれバットで打った。

「ギャア!」

 男達は思わず持っていた得物を地面に落とした。

「ひっ」

「遅刻しちまうからよ・・・・・・・通らせて貰うぜ」

 アラジンは、右手でバットを持ちながら怯える太った男に近付き、男の耳元で一言言うと、バットを捨てて学校へと向かって行った。


 学校に着いてアラジンが教室の自分の席に座ったら、早速今朝の事をひそひそ話す声が彼の耳に入った。

(襲われたから護身しただけだったんだけど周りには、怖いヤンキーが転校二日目で早速喧嘩したって思われちまうか・・・・・・)

 アラジンは誰に話し掛ける気にもなれずに、ただスマホの画面をスクロールしていた。

 やがて担任の先生が来て、出席確認が行われた。そして終了後、クラスの生徒は入学式へと向かった。


「それでは来週から授業開始なので、忘れ物をしないように」

「起立! 気を付け! 礼!」

「ありがとうございました!」

(終わりか。悪いなエド兄貴、今日もダメだったわ・・・・・・)

 HRも終わり、アラジンは落胆したまま自分の席からゆっくり立ち上がると、教室のドアへと向かおうとした。

 その時だった、彼の後ろから彼を呼び掛ける声がした。

「よぉ転校生、ここには慣れた?」

「あ?」

「え?」

「あ、いや・・・・・・まだ転校二日目だし慣れねぇ、よ」

「カッカッカッそうか。まぁ転校二日目で銀狼に絡まれたり、ヤンキーだって怖がられたりお前も大変そうだしな」

 アラジンに話し掛ける、外ハネ茶髪セミロングの陽気な男は笑った。

「ああ、全くだぜクソが! いや、そうなんだよ」

「俺の前では素でいいぜ。俺は別にお前がヤンキーだったからって何も思わねぇからさ」

「お、おう」

「俺、氷室真。『マコ』って呼んでくれや。まぁ気に入らなかったらまこちでもヒムロでも何でもいいけど」

「いや、『マコ』って呼ぶよ」

「じゃあさ、オメーの事は『アル』って呼んでいいか?」

「ああ、いいぜ」

 アラジンは(人懐っこいヤロウだな)と思いながらも、彼の態度は嫌いではなかった。

「それじゃよろしくな、アル」

「ああ、よろしくマコ」

 アラジンは、思いがけず友達ができて内心喜びを感じていた。

「そんじゃダチになったちゅーことで、レインのID交換しようぜ」

「そうだな」

 アラジンはスマホを鞄から取り出すと、ID交換を済ませた。

「お前この後どうすんの?」

「俺こっち来たことあんまねぇからよ、ちょっと海袋をぶらぶらしようと思ってる。まぁ銀狼が絡んできそうなのは気になるけどよ」

「銀狼ねぇ・・・・・・了解ッス。そんじゃまた月曜日に会おうぜ」

「ああ、また来週な」

 アラジンは真と別れて校舎から校門を出た。

 出た瞬間に朝見た顔触れが待ち伏せしていた。

「またオメーらか」

「姫川・・・・・・」

 そのまま朝の続きが始まりそうだったが、突如連中全員のスマホが鳴った。

 彼等は面倒臭そうに其々画面を確認した。そして確認し終えると、アラジンにこう放った。

「チッ姫川、とっとと行けよ」

「あん? 急にどうしたんだ?」

「総長からテメェには手を出すなってレイン来たんだよ、クソ!」

「へへ、出迎えまでさせたのにわりぃな。じゃあな」

 アラジンは殺気立った目をした連中に見送られながら、ムーンシャイン通りに向かって歩いて行った。

「先ずは、海袋ムーンシャインシティに行ってみるか」

 アラジンは昼食を食べに長い階段を上って、三階に在る中華料理店に入った。


 アラジンは昼食を食べ終えた後に、今度はプラネタリウムに行った。すると、午後一時五十五分に興味深い作品が上映される事が分かり、彼は急いでチケットを買うと会場に入って鑑賞した。そして鑑賞後の午後二時三十五分、彼はエレベーターで二階に行くと、外へ出て長い階段を下りて駅に向かって歩き始めた。

 人々が行き交い、まだ無名の芸人がライブの告知をしている通りを歩くアラジン、そんな彼の前からドレスを着た、ロングの髪を目の高さで結んだ金髪ツインテールの少女が、自分の手に持っている宝石の様な物を、顔を顰めつつ注視しながら歩いてきた。

(ゴスロリってやつか。海袋じゃよくコスプレイベントをやっているらしいが・・・・・・あれはもうコスプレつーかまんまだろ)

 アラジンと少女は隣り合う距離まで近付いていた。

 彼はそのまま通り過ぎようとしていたが、

「あっ」

「ちょっ」

 少女は、手を彼の足にぶつけて宝石を落としてしまった。彼は反射的にしゃがんで、宝石を拾おうとした。少女もまた宝石を拾おうとしゃがんで手を伸ばした。

 その時互いの手が触れ合った。

「え?」

「あっ」

 彼は気まずくなって触れた手を引っ込めると、直ぐに立ち上がってその場を去ろうとした。

 その時だった、

「待って」

 彼を呼び止める少女の声が聞こえた。

 彼はその声に足を止めた。

「嬢ちゃん、俺に何か用?」

「貴方、私のナイトになりなさい」

「・・・・・・は?」

 アラジンは困惑し、少女に「ハハハ、もしかしてなりきりごっこ遊びを俺としたいって事かなぁ? 嬢ちゃんがお姫様で俺がナイト、みたいな? アハハハ・・・・・・」と苦笑いをしながら尋ねた。

 少女は彼の問いには言葉ではなく、目で答えた。ごっこではなく、真面目に言っているのだと。

戸惑うアラジン、その彼を真っ直ぐに見つめる少女。

 人々は賑わった街を行き交っているのに、二人だけは見つめ合ったまま時間を止められた様だった。

「・・・・・・ナイトっていったいどういう――」

「ティーパーティー、スタート!」

 二十秒の沈黙を破ってアラジンが口を開いた時、誰かの声が彼の言葉を遮った。

 更にその声は彼の言葉を遮るだけではなく、周りの通行人からは彼等の姿が見えなくなる不思議な空間へと誘った。更に少女のツインテールの先には其々輝く実が生っていた。

「ふふ、貴女が最初の相手で嬉しいわ、チャリオット」

「ハーミットお姉様」

 チャリオットと呼ばれた少女が後ろを振り返ると、ハーフツインの金髪ロングで左目に眼帯をしている、彼女と同じ様な格好をした少女が、大学生風の男と共に近付いてきた。彼女のツインテールの先にも実が生っていた。

「おわっ・・・・・・つ、通行人がオメーらを通り抜けてる⁉」

 アラジンは驚いた。なぜならぶつからないように避けた通行人が、目の前で他の者を透過して通り過ぎていったからだ。そして彼女達に気を取られている内に、別の通行人が彼を通り抜けていった。

「一体どうなってんだ⁉ 何で通行人が俺等を通り抜けていけるんだよ⁉ ていうかさっきから通行人が俺等を避けようともしねぇ、もしかして通行人には俺等の姿が見えてねぇのか⁉」

 アラジンは狼狽していた。

「俊」

「分かってるさ、ハーミット」

 俊と呼ばれた男は両手に短剣を出現させて、混乱しているアラジンに斬り掛かった。

「おわっ危ねぇだろ、アンタ」

 アラジンはこれを躱した。しかし男は攻撃の手を緩めずに連続で斬り掛かった。

 アラジンは必死に攻撃を避け続けている。

 そんな状況に突如、チャリオットと呼ばれた少女が二人の間に割って入り、アラジンを庇った。

「何だよ・・・・・・邪魔すんなァ!」

 男は少女に斬り掛かったが、刃は彼女の体を撫でる程度にしかならず、傷どころか衣服を切り裂く事も出来なかった。

「俊、教えた通りだったでしょ」

「ああ、本当だった。ナイトはリトルクイーンに傷を付ける事は出来ない・・・・・・」

 アラジンは呆然としていた。そんな彼に少女は「貴方、右手で私の左手を握りなさい」と、落ち着いた声色で言った。

「え? 何で?」

「死にたいの? 早くしなさい」

「・・・・・・え~い、クッソ!」

 彼は言われた通り、前から差し出された少女の左手を握った。

「邪魔なんだよ・・・・・・どけ、ガキ!」

 男は少女の右横から回り込んで、後ろに居るアラジンに斬り掛かった。

 アラジンは握った手を放して、後ろに下がって躱した。

「ちょこまかと・・・・・・さっさと斬られてロストしろよ!」

「チッ、刃物なんて振り回しやがって、危ねぇだろうがコラァ‼」

 アラジンは、クロスして振り上げた短剣の刃目掛けて、右手でストレートを放った。

 右拳が刃に当たる途中に彼の右腕は、機関銃の銃口に包まれた機械の腕に変わった。そしてその拳は、男の持っていた短剣の刃を二本ともへし折った。

「嘘だろ⁉」

「手が触れた瞬間に感じた感覚を信じてよかった。やはり思った通り、貴方は私と相性が良かったようね」

 少女は満足げに呟いた。

「おいおい何だよこの腕⁉ さっきからイミフな事起こりすぎだろ‼」

「ちょ、調子乗ってんじゃねぇぞこの低脳がァ!」

 アラジンが自分の右腕を動かしながら眺めていると、男が両手に短剣を改めて出現させて、彼に襲い掛かった。

「今事態を飲み込もうとしてんだ、ちょっと黙ってろボケ!」

「がっ! ふ・・・・・・・・・・・・」

 刃が届く前に、イラっとしていた彼は思わず、男の腹に右アッパーを見舞った。すると男は悶絶して前のめりに倒れた。

 彼の右腕には新鮮な生肉を殴ったような、ぐにゃっとした感覚が残った。

「あ! あーもうどうしてくれんだ、もう喧嘩も拳で人を殴る事もしないと誓っていたのに殴っちまったじゃねぇか」

「俊? 嘘・・・・・・」

 眼帯の少女は男が負けたと理解するや、顔が青ざめていき、来た方向を向いてその場から逃げだした。

「貴方、私を肩に担いで彼女を追いかけなさい」

「はぁ? 何で俺が」

「早く、逃げられてしまうわ」

「ったくしょうがねぇなぁ、乗れよ・・・・・・行くぞ」

 アラジンは命令する少女を肩車し、逃げる少女を走って追いかけた。

 先に走って逃げていたとしても、歩幅に差がある為にアラジンと眼帯の少女との距離は直ぐに縮まった。

「ここでしゃがんで手を放して」

「お、おう」

 アラジンは言われた通りにした。

 少女は下ろして貰うと直ぐに、逃げる少女に後ろから飛び掛かった。

「きゃっ」

「ハーミットお姉様、私達の勝ちです」

 眼帯の少女に覆い被さった少女は、右手から装飾の施されたハサミを出現させると、眼帯の少女の右のツインテールの先に生っている宝石の様な実を摘んだ。

「チャリオット、お願い止めて!」

「お姉様、ここまでです。私もお姉様が最初の相手で良かったです」

「嫌ぁ!」

 チャリオットと呼ばれた少女が、もう一方の実も摘もうとした時だった。

「――させない。させないぞ!」

 突如ハーミットの真横に黒い穴が出現し、アラジンに殴られて倒れ込んでいた男が声を発しながらそのままの体勢で現れた。

「俊、新たな能力が目覚めたの⁉」

「はぁはぁ・・・・・・」

 男は息も絶え絶えの状態で倒れているハーミットを右腕で抱き寄せると、そのまま穴の中に消えていった。

 穴は直ぐに塞がった。そして塞がったと同時に、アラジン達を通行人達が認知し避け始めた。

「俺等を避けている? そうだ、俺の右腕は・・・・・・普通だ」

「ねぇ貴方、いいかしら?」

「え? 何だよ」

「私を貴方のお家に連れて行きなさい」

「ことわ――」

「貴方に断る権利は無いわ。私は貴方をナイトにすると決めたのだから。さぁエスコートして」

「ふざけんな、付き合ってられっかよ」

 両手をポケットに突っ込んでアラジンは、少女に背を向けて歩いて行った。

「あ、待ちなさい」


「ここが貴方のお家なのね、中々立派だわ」

「勘違いしてんのかもしれねぇが、この建物全体が俺んちじゃねぇから。俺んちはこのマンションの部屋の内の一室だ」

「なるほど、つまり貴方はこのマンションという屋敷に住み込みで働く使用人の子供って事ね」

「何も合ってねぇけど・・・・・・もうそれでいいわ。ほら、行くぞ」

「ええ、行きましょう」

(たく、やってらんねぇぜ・・・・・・)

 

「待ちなさい、そこに貴方のお家が在るの?」

アラジンは後ろから自分を呼ぶ声を無視し続け、家に帰る為に海袋駅東口から駅構内に入り、改札を通ろうとしていた。

その時だった、

「ご主人様、私を連れて行きなさい。お兄ちゃん、聞こえているのよね? ご主人様、お兄ちゃん――」

 少女は急に彼をそう呼び始めた。

 その発言は彼の動きを止め、周りの目は彼と少女に止まった。

「何処でそんな言葉覚えたか知らねぇが止めろ、そんな風に呼ぶな」

 周りの視線が痛かった彼は、堪らず口を開いた。

「そう、なら早く連れて行きなさい。それともこの扉の先に在るのかしら」

 彼女はそう発すると、切符を通す所によじ登った。

「おい、飛び越えようとすんな」

 彼は驚いて直ぐに掴んで下ろした。

 彼女がまた突飛な行動をしたせいで、周りの視線が更に彼等に強く注がれた。

「(チッ)切符を買わなきゃ通っちゃダメなんだよ」

「切符? それが必要なのね。それなら先ずは切符が買える所まで案内してくれるかしら」

 アラジンは券売機まで少女を案内し、操作してやった。

「ほら、金払え」

 アラジンに促され、少女は掌から宝石を出して券売機の小銭や切符の出口に突っ込もうとした。

「おいコラ、何やってんだ」

「料金を払おうとしているだけよ」

「は? そんなモンで払えるわけねぇだろ」

「私の国ではこれが通貨なのだけど、ここでも払えないのかしら」

「もういい、俺が払ってやる」

 そして二人は彼の自宅へと向かった――。


「なぁ何で俺んちに来たかったの?」

「私がお世話になるお家に来ただけよ。興味とかではないわ」

「・・・・・・・・・・・・はぁ⁉」

「大声を出さないで」

「いや、え? はぁ⁉ いやいや、帰れよ」

「私がこの世界で帰る場所といったら、ここしかないわ」

「この世界とか言って、おいおい好い加減にしろって――」

「貴方!」

「あ?」

「貴方、まさか私と出会ってから起きた出来事は、全部夢か幻だとでも思っていないわよね?」

「そりゃ思いたいけど、あの時の拳の感触は本物だったし、イタズラにしてはしつこ過ぎっし、ドッキリカメラとか俺に仕掛ける意味あんのかって感じだからよ。つまり何もかもが現実、だろ」

「分かっているならいいわ。それで何処から入ればいいのかしら」

「・・・・・・マジで俺んちに住むのか。でも何で俺んちなんだ?」

「他のリトルクイーン達に襲われるかもしれないのに、一人で暮らすなんてできないわ。だからナイト候補の貴方のお家にお世話になるつもりなの」

(海袋で襲ってきた奴等の事か)

「分かったよ。だけどお前を家に置いてやるには、親父達を説得しなきゃならねぇ。そこでお前には俺に口裏を合わせて貰う必要がある。いいな?」

「家主を説得する必要があるという事ね? 分かったわ」

「よし、じゃあ行くぞ」

「ちょっと待って」

「どうした?」

「まだ貴方の名前を聞いていなかったわ。とはいえ人に名前を尋ねるなら先ずは自分から名乗るのが礼儀というもの。私はチャリオット・ロワイヤルタロット、アルカナ国の現女王であるトト・ロワイヤルタロットの第二十二王女。貴方は?」

「姫川亜螺仁、高三」

「アラジンね、分かったわ。それでは行きましょう」

「ちょっと待て、交渉の前にお前に守って貰うルールを設けたい」

「ルール? 何かしら」

「ルールは二つ。一つ目はお前が王女である事は誰にも言わないこと。理由はもし言ってしまえば、交渉が難しくなる上に、俺等を襲ってきた連中に噂を通してお前の居場所が割れる可能性があるからだ。二つ目は俺がお前の事を紹介したり、お前に対して投げ掛けられた質問に俺が回答したりする事があると思う。その時お前は一切否定せず全て肯定しろ。守る理由は一つ目のルールと同じだ。いいか?」

「了解したわ」

「よし、それじゃ行くぞ」


「お風呂空いたよ」

「分かった――て、お前風呂上りでもツインテールなんだな」

「お風呂入ってる時もそうよ。髪洗いにくいでしょうに、ツインテールは解かないの」

「まぁそれはなんつーの、文化の違いなんじゃね?」

「そういうもんか、アルカナ国なんて今日初めて知った国だしなぁ」

 アリスは腕を組んで呟いた。

「それにしてもアンタが、この子をいきなり家に連れてきた時は驚いたよ、不良から足を洗ったと安心してたら、今度はロリコンに目覚めて誘拐してきたかと思ったんだもん」

「おいおい」

 アラジンは呆れながら呟いた。

 家族にはホームステイで家を訪ねてきたのだと説明し、説得したのだった。

 色々チャリオットについて尋ねられたが、その都度アラジンが上手く説明して許しを得て現在に至る。

「そんな訳ねぇじゃん。つーかガキ誘拐して家族に堂々と紹介するってどんなサイコ野郎だよ、ありえねー」

「それはまぁそうだね」

「アホくせぇ話は終わりだ。エド兄貴、風呂行くぞ」

「うん、そうだね」

 

「何だまだ起きてたのか。九時だぞ、子供は寝な」

「何かね、チャリオットちゃんがアンタに話があるんだって。それで寝ようって言っても待ってるって聞かなくてさ」

「アラジン、貴方に話したい事があるの。二人きりで」

「・・・・・・分かった。その前にエド兄貴、もう部屋に行ってもいいか?」

「うん、構わないよ」

「よし。じゃあ付いて来い、俺の部屋で話すぞ」

 アラジンはエドの手を繋ぎ、彼を隣の部屋まで送ったら、チャリオットを連れて自分の部屋に入った。

 ハンガーに特攻服が掛けられ、机には暴走族時代のチーム全員で撮った集合写真が、写真立てに入れて置かれた狭い部屋にジャージの青年とアリスのお下がりのパジャマを着た王女が座っている。

「で、話って?」

「正式に私のナイトになって欲しいという事よ」

「それね。まぁ返答する前に聞いておきたい事がある。先ず、お前に会ってから起きたアレは何だ? つーかナイトって何?」

「なるほど。先ず全てを知ってから答えを出したい、そういう事ね。

それでは全てを話すわ――」

 一呼吸置くと、彼女は順を追って話した。それは以下の通りである。

 この世界とは別の世界に存在しているアルカナ国、その国の女王であるトト・ロワイヤルタロットは悩んでいた。それは世代交代を考える時が来た今、次代の女王を誰にするかについてだ。

 アルカナ国の安寧を保つ事を考えた時、順当に第一王女に継がせるべきか、それとも残りの王女の誰かに継がせるべきか。

 悩む日々が続く中、或る日ふと思い付いたのだった。

 自分の娘達を戦わせ、勝ち残った者を後継としようと。

 女王は次代の女王を決める戦い全体を『ダンス』と名付け、女王候補者を『リトルクイーン』と呼ぶことにした。

 ルールは相手のツインテールに生っている実、『ツヴァイシード』を各々が持つ専用のアイテム『狩人のハサミ』で摘めば勝利。

 なおツヴァイシードを二つ失った者は、国に強制送還される。

 リトルクイーンの一方が戦いたい相手を見つけた時、『ティーパーティー、スタート』と発すれば、リトルクイーンとナイトの周りは不思議な空間に変わり、その相手とのツヴァイシードを採り合う戦い『ティーパーティー』が始まる。

 その空間ではリトルクイーンとナイトの姿が周りの人達に見えなくなる他、周りの人達と自分達が互いに透過し合う。

 ただし、物や建物は透過しない。

 ティーパーティーはリトルクイーン同士が、100m離れると終了となり、リトルクイーン達の姿は周りの人の目にも映るようになる。

 またその際、壊れた物や建物は元の状態に戻り、ナイトも元気な状態に戻る。

 リトルクイーンは共に戦うパートナーを一人まで、連れる事ができる。

 パートナーは『ナイト』と呼ばれる。

 ナイトは誰でもいい訳ではなく、リトルクイーンと相性が良くないと自分のナイトにできない。

 ナイト候補がリトルクイーンの左手を右手で握った時、相性が良ければ相手に力を与える事ができる。

 ナイトはリトルクイーンを傷付けられない、そして『ロスト』するとリトルクイーンは新たにナイトを探す必要性が出てくる。

 ロストとは、ティーパーティー中に、生命活動が不可能になる事である。その際、元気な状態で生き返るが、パートナーの事も、戦いの事も忘れ、技も使えず二度と参戦出来ない。

「・・・・・・といった所かしら」

「ちょっといいか?」

「何かしら?」

「俺ナイトじゃなくね? 何であの空間に引きずり込まれたんだよ」

「その場に居る二人以上の者が、対象をナイトだと思えば、あの空間に誘われるというルールがあるからよ。だけどその仮ナイトは正式に契約を交わしていないから、体は強化されてなくてありのままだし、何より生命活動が不可能な状態になったら、ロストせずにそのまま死んでしまうの。だからハーミットお姉様との戦いでは負ける訳にはいかなかったのよ」

「マジかよ・・・・・・」

「アラジン、私のナイトになってくれないかしら」

「だけどよ――」

「私は女王にどうしてもなりたいのよ!」

「何でそんなに」

「順当に跡を継いでいくのなら、一番末っ子の私では永遠になれないわ。だけど私は憧れているお母様の後継になりたい、お母様のようにアルカナ国を治めたい。それと一番になってみたいの。私はいつもお姉様達の背中を追いかける事しかできなかったから、私だってただ可愛がられるだけの存在じゃないって証明したい。それが理由よ」

 アラジンは黙って腕を組んでいた。

「そうか。だけど俺にはそのダンスに参加する理由がねぇ」

「言ってなかったけれど、ナイトにも特典があるの。それは自分のパートナーを女王にしたナイトは、どんな願いでもお母様に一つ叶えて貰えるの」

「は? 何でもだと⁉」

「アルカナ国に危害を及ぼすものでなければだけど」

「それって、失ったモノを元に戻す事でもか?」

「ふふ、ええ可能だと思うわ」

 アラジンは一瞬視線を逸らして発した。

 チャリオットは微笑んで答えた。それは彼の視線の先から望みを察したからだった。

「・・・・・・分かった、ナイトになってやる」

 アラジンは『二度と喧嘩をしない』という自分の誓いを、破ると決めた。

 それは望みが叶うなら何を捨てても、何になろうとも構わないという彼の決意だった。

「そう、よかったわ。それなら早速契約を結びましょう」

「契約? 俺がナイトになると宣言したら、それでいいんじゃねぇの?」

「いえ、正式にリトルクイーンのナイトになるには、ちゃんと契約を交わさなければならないの。大丈夫よ、簡単な儀式だから」

「お、おう」

「先ず私が色々と言葉を述べる、貴方は黙って聞いてればいいわ。その次に私がナイトになる事を誓うか尋ねるから、そこで貴方は『誓う』と宣言し、私の右の掌にキスをする。これで儀式は終わりよ」

「分かった」

「それでは始めるわね――。今ここに次代の女王を決める戦いダンスを開始する事を宣言する。この試練をもってアルカナ国の繁栄と安寧が約束される事を我は願う。汝はナイトとして、このリトルクイーンの剣であり盾となり、如何なる時も守り戦い運命を共にし、チャリオット・ロワイヤルタロット次代の女王に導く事を誓いますか?」

「誓う」

 アラジンは宣言し、小さなパートナーの右手の掌に口付けした。

 その時、チャリオットの右手の甲とアラジンの左手の甲に其々、『Ⅶ』という文字の紋章が浮かんだ。

「契約完了ね、それでは私はアリスの許に戻るわね。それと昼食を食べられなかった所為かしら、夕食とても美味しかったわ」

「あ~あ、あの時海袋で宝石眺めながら歩いてたんも、アレで何も買えなくて戸惑ってからだったって事ね。つーかお前まさか寝る時も髪解かねぇの?」

「そうよ、それもルール。ツインテールを解く事は、ダンスから棄権する事を意味するから」

「大変だな、オメーも」

「そうね、それではこれからよろしく。おやすみなさい」

「おやすみ」

 チャリオットは部屋を後にした。

 一人になったアラジンは、自分の契約の証をじっと見た後に兄の部屋の在る方向の壁を見つめ、特攻服を羽織って、暴走族時代の写真を一瞥すると両拳を握った。そして特攻服を脱いで元に戻すと、ベッドに入って目を閉じた。

 アラジンは今日という日を忘れる事はないだろう。

 罪の贖いそして許しの為に戦う青年を、窓の外から朧月だけが見ていた。


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