男爵令嬢に魅了されていた王太子殿下の新たなる危機。愛しているのは君だけだエラウディアっ。頑張る王太子殿下の物語
「貴方、わたくしと結婚しなさい」
ディック王太子は、口をあんぐり開けそうになった。
目の前にいるブリーディア皇女が、命令口調でディック王太子に結婚を命令してきたのだ。
隣国クルード帝国は、このアレド王国に比べると、大国であり、今、アレド王国に来ているクルード帝国のブリーディア皇女はそれはもう美しい皇女である。
友好を深める為にアレド王国へ来たブリーディア皇女。
それを国王陛下の代わりに、隣国の国境まで迎えに行き、出迎えたディック王太子。
国境のある街で、
「疲れたからこの街で休憩したいわ」
と、ブリーディア皇女が言われるので、この街に住む貴族の屋敷にブリーディア皇女と護衛の人たちを招き入れて、一休みしている所であった。
そこへディック王太子は沢山の騎士達と共に出迎えに来て、ブリーディア皇女と初めて会ったのだ。
ソファに座ったブリーディア皇女は一言、
「貴方、聞こえなかったの?わたくしと結婚しなさい。わたくしがこのアレド王国の王妃になってあげるわ」
ディック王太子は慌てて、
「私には婚約者がおります。来年、結婚式を挙げる事になっております。ですから、それをお受けする訳には」
「何を言っているの?わたくしが望んでいるのです」
「それはクルード帝国の皇帝陛下の意志なのですか?」
「いえ、わたくしが望んでいるのです。わたくし程の女性がこんな小国の王妃になってやると言っているのです。喜んで受けるものではなくて?」
ディック王太子は真っ青になる。
「いやでもですね……」
そこへ頼りになる側近のハロルド・ミディ公爵子息、彼は優秀なミディ宰相の子息である。先行き宰相になるのではないかと言われる程、優秀な男だ。
彼が進み出て、
「クルード帝国である皇帝陛下の意志ならば、そして、我がアルド王国の太陽、国王陛下との国としての話し合いが成立しているならば、我がディック王太子殿下も従う事でしょう。しかし、皇女様の意志というだけでは、ディック王太子殿下としても、お返事を差し上げる訳にはいきません」
「だったら、無理やりにでも連れ帰って、首を縦に振らせるわ。お前達、ディック王太子を捕まえて頂戴」
屈強な男達が、ディック王太子とハロルドに迫る。
その連中を数人の騎士達を率いて、マーク・レイジャス公爵子息、彼は騎士団長子息だ。
剣を構えると、睨みつけた。
「ディック王太子殿下を拉致しようとは、この私がいる限り、そのような事はさせん」
ハロルドは、ブリーディア皇女に向かって、
「お帰り頂きたく。この度の事はアレド国王陛下に報告させて頂きます」
ブリーディア皇女は悔し気に、
「たかが、小国の王太子が。覚えていらっしゃい」
荒々しく立ち上がると、護衛達と共に屋敷を出て行った。
ディック王太子はふうと息を吐く。
「全く、愚かな皇女との噂があったが、とんでもない女だな」
ハロルドも頷いて、
「国際問題に発展するとは思っていないのでしょうか?あの皇女は。しかし、これが皇帝陛下の意志になってくると困りますね」
ディック王太子は涙目になって、
「なんとかしろよーーー。私は非常に今、まずい立場なんだからっ」
「それは私もマークも同様でっ」
マークも首を縦にぶんぶん振っている。
実はこの三人、王立学園を卒業したばかりなのだが、男爵令嬢の魅了にかかり、さんざん婚約者達を無視してきたのだ。それが魅了がやっと解けて、男爵令嬢は王妃様の怒りをかって石像になり、今、婚約者達に必死に許しを乞うている最中である。
ディック王太子はやっと来年、結婚相手エラウディア・メッテル公爵令嬢に結婚してよいと許可を貰い、結婚の準備に入っている所なのだ。
それを帝国なんぞに横槍をいれられたら今度こそ詰む。確実に見放される。
ともかく、馬に乗って、急いでアレド王国の王宮に戻り、この度の事を報告しないと。
ディック王太子は側近達や騎士達と共に、父である国王陛下と母である王妃に報告する為に王宮に急ぐのであった。
国王はディック王太子から今回の報告を聞くと、ため息をついて。
「隣国の皇帝が望むなら、お前の結婚相手はブリーディア皇女に変えるしかないな」
すると王妃が怒りまくって、
「エラウディア程、未来の王妃にふさわしい女はおらぬわ。わらわがどれ程、目をかけて王妃教育をやってきたと思っておるのじゃ。国王陛下」
「は、はいっーーーー」
「ブリーディアなんぞ、わらわは絶対に認めはせぬ」
「しかしっ。帝国を怒らせたら」
「アレド王国の怖さを見せてやるわ。心配はない」
ハロルドの父、ミディ宰相が進み出て、
「しかし、王妃様。クルード帝国は大国。今まで外交に心を砕いて参りました。向こうも、向こうも何故かこちらに遠慮している節もありましたが……」
「100年前、攻めてきた帝国軍を、我がアレド王国軍が壊滅させた件を覚えているからじゃろう。ともかく、ディック」
「は、はいっ」
「いざとなったら、わらわの実家である魔国へ応援を頼むから心配するではないぞ。エラウディアへそう言ってやって愛を深めてくるがいい」
「はいっ。母上、有難うございますっ」
このアレド王国で実質、実権を持っているのは母である王妃である。
何でも魔国の姫君だとか。本当か?本当なのか?母の実家である魔国も怪しげな魔族もいまだ見た事はないのだが……まぁともかく、今はエラウディアの元へすっ飛んで行って、彼女の機嫌を取らなくては。
男爵令嬢の魅了にかかっていた件で、機嫌を損ねているからな。
ディック王太子は婚約者エラウディア・メッテル公爵令嬢の屋敷へ会いに行った。
薔薇の赤い花束も忘れない。
「ディックだ。愛しのエラウディア」
「わたくしは会いたくありませんわ」
何故か玄関まで出迎えながらそう言うエラウディア。
「私は会いたかったぞ」
「嘘。わたくしは可愛げのない女ですもの。あの男爵令嬢より」
「まだ、傷ついているのか?君が頑張ってくれたおかげで私の心は君に戻って来たのだぞ」
「私の事、嫌いって言っていたじゃないですか」
「え????」
「大嫌いだって」
「いやその、男には素直になれない時期もあるのだ。特に周りに人がいると」
「わたくしは貴方様の事、ずっと思っておりましたのに」
「いや、私だって男爵令嬢の魅了がなければ、ずっとエラウディアの事を」
「嘘つき」
「嘘ではない。本当に愛しているんだーーー」
「本当に?わたくしとは政略でしょう。わたくしだって政略で」
「でも、君だって私の事を愛しているのだろう」
「それはその……」
真っ赤になって可愛いエラウディア。ちょっと待った。屋敷の人たちが呆れた眼差しでこちらを見ているんだが。
「エラウディア。そのそろそろ客間に通してくれないか?皆が見ている」
「はい……」
客間に通して貰い、ソファに座る。
エラウディアに帝国のブリーディア皇女の今日の事を伝えれば、
「帝国との政略の為に、受けるのでしょうか?ディック王太子殿下は」
「いや、皇女一人の独断だったようだ。もし、正式な申請が来たとしても母上が大反対している。だから、大丈夫なはずだ」
「でも、このアレド王国の為を思えば、隣国の帝国の皇女様をディック王太子殿下のお相手に迎えればよろしいのでは」
「エラウディアはそれでいいのか?私はブリーディア皇女と結婚しても」
「よいですわ。それがアレド王国の為だと言うのなら」
「泣いている」
「いえ、泣いてなんかいませんっ」
「泣いている泣いている泣いているっーーー。絶対に泣いている。なぜなら、エラウディアは私の事を愛しているからだ」
「わたくしは、王国の為なら、いくらでもディック王太子殿下の事を諦めます。わたくしは王国の為に……」
「私は嫌だぁーーーーー」
ディック王太子は悲しくなって、エラウディアを抱き締めた。
「私は嫌だぁーー。エラウディアと離れるなら、死んだ方がマシだ」
「いけませんわ。死ぬだなんて。わたくしは貴方様が国王陛下になる世を楽しみに待っておりますのよ」
「エラウディアが王妃になってくれないなら、私は地位も名誉も何もいらない。ただのディックで十分だ」
「ただのディックになんてならないで下さいませ。貴方様が輝けるのはこのアレド王国の国王陛下になって生きる事です。たかがわたくしのような女の為に」
「エラウディアは至宝だ。私の宝だーーーーっ」
「ああ、ディック様っーー」
お茶を持ってきたメイドが生暖かい目でこちらを見ていた。
慌ててエラウディアの身体を離して、ソファに座るディック王太子。非常に気恥ずかしい。
メイドが置いて行ったお茶を飲みながら、ディック王太子は、
「ともかく、安心してくれ。母上がなんとかしてくれるから」
「母上がって……ディック様自身は何とかしてくれませんの?」
「勿論、私だって何とかする為に努力はしよう」
「とても頼もしいですわ」
エラウディアが頼もしいと言ってくれた。
ディック王太子は愛しい婚約者の為に、帝国がなんと言ってこようと、エラウディアと離れたくない。そう思えるのであった。
それから二日経った。王宮の庭で朝の鍛錬をしているとハロルドから声をかけられた。
「おはようございます。エラウディア様と如何です?私の方は婚約者と上手くやっていますが」
「上手くやっているが、お前は婚約者に踏まれているんだろう?このどMが」
「家庭内の事をわざわざ王太子殿下に言うべきではありません」
「まだ結婚していないだろうがっ」
「私の事より、帝国からブリーディア皇女と使者が来ているようです。王妃様がお呼びです」
「解った」
すっかり空気の国王陛下。
王妃はディック王太子に、
「クルード帝国は正式にあの女を我が息子の妻にと、言ってきおった」
後ろに侍女たちを従えて、ブリーディア皇女が優雅に立って、微笑みながら。
「国王様、王妃様。わたくしがブリーディアですわ。このわたくしが王国に嫁いでくるのは、帝国の意志です。勿論、反対しませんわね」
帝国の使者であるでっぷり太った男も、ニヤニヤ笑って、
「我が皇女がこちらの帝国に嫁げば、両国の関係は更に安泰間違いなしですぞ」
ディック王太子は頭に来る。上から目線で、なんて奴らだ。
自分にはエラウディアという愛しの婚約者がいるのに。
ブリーディア皇女を睨みつけて叫ぶ。
「断ると言ったら」
「軍勢を差し向けて、こんな小国蹴散らしてやりますわ。帝国の太陽である皇帝陛下。我が父上がそう言っておりましたのよ」
王妃が立ち上がると、皇女の傍にいる使者に近づいて、扇でその禿げ頭をぺちぺちと叩き、
「100年前の恐怖を忘れてしまったようじゃの」
使者が慌てたように、
「あれは単に天候に恵まれただけの話だと、突如嵐が起きて、我が帝国軍は壊滅。アレド王国軍の勝利だと伝え聞いておりますぞ」
ペチッと扇で禿げ頭を叩いてから、にやりと王妃は笑って、
「ふん。それはだな。大いなる魔国の魔術師が天候を操ったからよ。我が魔国はこのアレド王国を気に入っていてのう。アレド王国は大昔に我が祖先が愛した国だから。わらわも愛している国じゃからの、それなのに。帝国は再び戦をすると言うのか。よかろう」
ディック王太子は思った。
母上は怒っている。
王宮の広間にフッと光が差し込んで、一人の銀のドレスを着た令嬢が立っていた。
手にはバイオリンを持っている。
エラウディアは優雅にカーテシーをすると、驚いているブリーディア皇女と使者に向かって、
「このアレド王国の王妃になる女性は、魔術を極めなければなりません。ですから、わたくしは王妃様に習って魔術を極めました。例えばこんな風に」
バイオリンを優雅にエラウディアは弾き始める。
ゆったりとした曲と共に王宮の広間に緑の植物が生え、美しき金銀の花が咲き乱れ、桃源郷のような景色が広がった。
ディック王太子はブリーディア皇女と使者に向かって、
「そう、我が王国は、戦う力だけではなく、国を富ませる力も持っている。勿論、母上の血を引いたこの私の、王家の力は最上の物であるけれどね」
天に向かって手を伸ばす、ひとさし指の先から光が溢れ、それが空の彼方へ消えて行った。
使者が叫ぶ。
「何をしたっ???」
「帝国の宮殿の屋根を魔法で吹き飛ばしてみたんだけど」
使者は慌てたように。
「解りました解りましたぁーーー。改めて参ります。皇女様、帰りましょう」
ブリーディア皇女はエラウディアを睨みつけて、
「何が魔法よ。わたくしは諦めないわ。わたくしこそ王妃になるにふさわしいの。わたくしこそっ」
「貴方様に何が解ると言うの」
エラウディアはブリーディア皇女に向かって、
「わたくしは魔法を覚える為に血の滲む努力をしてきたわ。時には命をかけて、魔法を使うことだってありましたのよ。わが身を犠牲にしてでも、魔法を使う。貴方様にその気概はありまして?」
ブリーディア皇女は青くなった。
自らの身体を鱗が覆って来たのだ。
美しい肌が醜い青い鱗に。
「いやぁーーーーー」
フッと鱗が消えて、何事もなかったかのように白い肌で。
エラウディアがにっこり笑って、
「幻ですわ。わたくしは実際に魔法のせいで、身体に鱗が生えましたの。今は綺麗に戻っていますけれども。その代償を覚悟の魔法だった。愛するディック王太子殿下の為に。貴方様は耐えられますか?」
ブリーディア皇女は叫んだ。
「耐えられないわっーーー。帰るわよ」
使者や護衛達と共に広間を出て行くブリーディア皇女。
王妃はオホホホホと笑って、
「エラウディアの勝ちね。さすがわらわが見込んだ公爵令嬢よ」
ディック王太子はエラウディアの傍に行って、改めて礼を言う。
「来てくれたんだね。君の言葉嬉しかったよ」
「わたくしは貴方様を愛しておりますから」
「私も愛しているっ。エラウディア」
「決して、政略だけではなく、ですわ。貴方様はどうですの?」
「勿論、政略だけではなく、だな。私だってエラウディアの事を」
「でも、わたくし、可愛げのない、趣味はバイオリンだけの女ですし」
「君のバイオリンは最高だっーーーーー。もう、最高すぎて、私は眠くなってしまう」
「はい?眠くなるですって?」
「いや、間違えた。聞き惚れてだな」
「しっかりと眠くなるって言いましたわ。わたくしのバイオリンは子守唄ですの?」
「違うっ。君のバイオリンは最高だーーー」
「今日は帰ります。国王陛下、王妃様。失礼致しますわ」
優雅にカーテシーをし、帰っていくエラウディア。
「エラウディアーーーー。違うんだぁーーー。君のバイオリンはっ」
ハロルドが一言、近くで囁いた。
「足に縋って許しを請えば、許してくれますよ」
「お前と一緒にするなぁーーーこのどMがぁーーっ」
呆れた王妃と、最後まで空気だった国王陛下。
クルード帝国は、いきなり宮殿の屋根が吹っ飛んだのに皇帝陛下は驚いて、戻って来たブリーディア皇女は涙を流して、アレド王国に嫁ぎたくないと言うし、結局、ブリーディア皇女の結婚も、アレド王国を攻める事も諦めた。
触らぬアレド王国に祟りなし。である。
アレド王国は今日も最強の王妃と、最強で熱々の王太子カップルのお陰で平和な一日が過ぎていった。