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04.




 おじさんの視線を背に受けながら鳥居を潜り神社を出た私は、そのままの勢いで山道を下った。

 帰りが本番な事は頭にあったし、何より本当に周囲が暗くなっていた。提灯がまだもっていた事の方が奇跡だ。なのに……


(ここ、こんなに……長かったっけ?)


 下りても下りても、あの田圃道に出ない。

 疲労と焦りで足が縺れそうになる。息は苦しいし、汗も尋常じゃないほどかいている。それでも止る事は出来ず、ただひたすら下りていた。


立ち止まれるならそうしたい。

でも、明らかにおかしいモノが追ってきていたら、死に物狂いで逃げるしかないし、立ち止まるなんて出来ない。


 背後に何かが居るのは、鳥居を潜ってから直ぐに気が付いた。でもそれは近付いて来るでも何でもなく、一定の間隔を空けて着いて来る。怖いのは確かに怖かったけれど、そこまで恐ろしいとも思えなかった。

 だから問題は、木々の合間に姿を覗かせる、白いモノだった。

 周囲は既に暗く、自分で持っている提灯の明かりが届く

範囲しか見えない。そんな暗闇の中、その白いモノは私の視界に入って来ていた。本来なら、闇に紛れて見えない筈なのに。

 そして白いモノは何やら呟いている。何て云っているのかは聞き取れなかったけれど、その声に聞き覚えがあった事がダメだった。


 あの白いモノの声は、ドリンクワゴンに飲み物を買いに行った時に聞いたものと一緒。それに気付いた瞬間、あの時感じた気味悪さが再び沸き上がって来た。

 だから私は止る事も出来ずに走り続けているのだけれど、山からは一向に出られない。


 流石にこの時点で入って来た時からおかしかったんだな、という事は察していた。だからこそ、怖くて足を止められなかったというのもある。


――おくりましょうか?


 あの時聞いた言葉が聞こえる気がした。実際に耳で聞いているというよりは、脳に直接語りかけて来るような、あの不気味な感覚が私を襲う。振り切れないせいで余計しつこさを感じていた。


「もう! しつこっ!?」


 つい叫びそうになった瞬間、走り下りる勢いのまま派手に転んだ。

 始め痛みがわからない程の勢いだった。恐らく何回転かしている。大怪我を負ってもおかしくなかったのに、かすり傷だけで済んだ。いや、済んだからいいって訳じゃないけれど。


 あまりに突然すっ転んだから、数秒間転んだままの体勢で、瞬きだけ繰り返してた。本当に驚いた時って痛みも感じないし、恐怖も何処かに行っちゃうのね。


でもそんな風に現実逃避をしている時間も直ぐに終わった。

何でか? 傷だらけの白い足が目の前に現れたから。


「おくりましょうか?」


 頭上から降ってくる、温度のない声。今まで以上に鮮明に聞こえる、酷く不愉快で恐ろしい声だった。

 足の指が時折動く様が妙に生々しくて、私はもう叫ぶのを我慢出来そうになかった。


「そんなに――っ!」


 その時私は『そんなに云うなら送って帰してくれ!!』って、言おうとしていたんだと思う。それも、あまり深く考えずに。

 何を聞かれても答えてはいけない、と聞いていたにも関わらず、私はそう叫びそうになっていた。理不尽な被害に苛立ち、恐怖して疲れていたとしても、そんな風にハッキリと言ってしまえる程、私は図太くはない。本当に、あまり考えず自然と口から飛び出そうとしていた。


 けれど、そんな私の叫びを阻止するみたいに、何かが私の口を塞いだ。

 多分、感覚からして手だと思う。柔らかいのはわかったし、その後聞こえて来た声で、あぁ、女の人か、というのはわかった。


『大丈夫。このまま帰りなさい。決して振り返らないように……』


 優しい声がそう言い終わったのと同時に、周囲の雰囲気が一瞬にして軽くなった。

 目の前にあった白い足も気が付けばなくなっていたし、背後に感じていた気配も消えていた。


 一体何だったのだろう、なんて考えている余裕はない。


 その後は、提灯が消えているのも忘れて無我夢中で山を下り……ううん、下りてない。起き上がった瞬間、そこは手作り感溢れる、よくあるお化け屋敷のセットの中だったから。

 人気がないのは同じ。でもあの大自然の中、という雰囲気は一切ない。というより、耳を澄ませば遊園地の賑やかな音が聞こえて来ていた。

 そして目の前にあった鳥居を潜った先にあったのは、入って来た時に見た受付場だった。

 何が何だかわからない、と、周囲の者たちは思うだろう。当事者である私でも、本当に訳がわからなかった。ただ、戻って来たな、という事だけはわかった。


 後ろの鳥居の方から、空気が吸い込まれるような風の流れを感じて、私は慌てて外に出た。

 入って来た時よりも受付が廃れている気がしたけれど、マジマジと見ている余裕はなかった。


 私の足首に、女性の手の跡が残っているのに気が付いたのは、急遽新幹線で地元に帰り、自宅で寛いでいる時だった。



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