03.
引き戸を抜けた先は、社務所のような作りの受付場だった。
薄暗くて、何だか土の湿ったような臭いというか、籠もった臭いが充満していたそこは、外の音も遮断しているかのように物音がしない。不気味、という言葉が似合う空間だった。
左側の壁に沿うように受付があって、その前を通ると赤い鳥居がある。その鳥居の下は暖簾が垂れ下がっていて、ああ……あそこから中に入るとスタートなのかと察した。
『あの……すみません』
受付に近寄って、声を掛ける。人の気配がなかったから居ないのかと思ったけれど、中にちゃんと居た。せめて『こんにちは~』とか『受付はこちらです~』とか、一声掛けてほしかった。
『……すみません?』
何の反応もないので、再び声をかける。
受付に居るスタッフは、暖簾が垂れ下がっているせいで、上半身の殆どが見えていない。せいぜい胸から下がほんの少し見えている程度。ただ、腕の色が妙に白かったのは見て取れた。
『あの? あ……ありがとうございます』
もう一度声を掛けようとしたところで、受付の人物が徐に腕を上げたかと思えば、明かりの点いた提灯と、白い花を差し出して来た。
まるでロボットというか、マネキンが動き出したような、そんな鈍くも唐突な動きに、一瞬飛び上がりそうになった。おまけに、相変わらず返事もなければ説明もない。不親切だな~、なんて不満に感じながら、恐る恐る二つを受け取った。
早く行って早く帰ろう。私はそれだけに集中する事に決めて、赤い鳥居を潜って、その先へと抜けた。
*****
鳥居を抜けた先にあったのは、一面に広がる田圃だった。
私はその田圃道上に出た感じで、入って来たというより、外に出たって言った方が正しい感覚だった。
よく出来てるな~。CGかな? なんて考えながら進んで行く。
黄昏時の、あの寂しくも暖かい空の色が綺麗だった。何処かで鈴虫も鳴いている。生暖かい風が頬を撫で、そんなところまで再現しているのかと、感嘆したものだった。
始めから見えてはいたけれど、田圃道の先には大きな山があった。周囲の山とは格が違うその麓に道は続いていて、恐らくこの先にある山の入り口から登って行くのだろう。私は何の躊躇いもなしに進んでいた。
行くなそのまま帰れ、と思ったでしょ? 私もお化け屋敷に入る前までは不安だったのに、その時は不思議と不安はなかったんだ。おまけに、提灯の明かりもいつまでもつか分からなかったから、さっさと終わらせようって気持ちしかなかった。
今思えば、相当おかしい状況だって分かるのにね。
そしてあっという間に山の入り口に到着した。
鳥居を見上げれば、奥は既に闇に包まれていて、先が見えなかった。はっきり言うけど怖い。こんな暗い中山道を歩いて、神社の中も進まなきゃいけないの? 独りだけという状況が、余計恐怖心を煽った。
もたもたしている内に日は沈んで行く。まだ山に入る前だけれど、私の周辺も闇に沈み始めている。
仕方ない、と、私は観念して山を登り始めた。
山道は意外にも綺麗だった。コンクリートではないものの、ゴツゴツと足場が悪い訳でもなく、スムーズに登る事が出来る。道幅も広くて、大人三人が横並びで通れるほど広い。
それでも、やっぱり山道は山道。スニーカーじゃなければ足が痛みに痛んでいただろう。ミュールとかお洒落な靴だったなら、私の足は登りで血だらけになていただろうし、下山出来なかった。そんな山道だった。
スニーカーで護られている足に影響はなかろうと、私は走った。中学、高校と陸上部に入っていた私なら行けると、そんな風に自分を鼓舞して走った。
だって、どんどん暗くなって行って怖かったんだもの。薄暗がりの中、黒々とした木々に囲まれているのは、それだけで不安を煽った。
お化け屋敷の設定だと、目的地の神社は山の中腹にあると書いてあった。何とか行けるはず。そこまで上らなきゃいけないのか~、と思いもしたけれど、行かないと終わらないのだから仕方ない。
なんて考えつつ上っていたら……何と、到着してしまった。
到着したというより、急に鳥居が現れたと表現した方が正しい気がする。そんな唐突な到着だった。
こんな事ある? って、流石に思ったけれど、着いたものは着いてしまった。
もっと考えろよって、今なら私でも突っ込む。本当に、どうしておかしいと思わなかったのだろうと、自分で首を傾げている。
一つの理由としては、灯籠の明かりのお陰で、神社の中は比較的明るくて、その安心感に負けてしまった事だ。それに、当時はあの控えめな明かりに助けられたと思い込んでいたし。本当に、全てが今更過ぎるのだけど。
受付の所にあったものと似たような赤い鳥居を潜って、境内に入る。風もなく、何だか少し暖かい。
そのまま進んで、山神様の拝殿に着く。その奥にあるのが本殿だろう。そして伴侶殿の住まいは寄り添うように鎮座しているとのこと。
私は脇に逸れるように続く参道を進んだ。伴侶殿の社殿に続いているのは容易に想像がついた。
案の定、こぢんまりとした社殿……というより、小祠があった。思っていた以上に小さかった、伴侶殿の住まい。本当にこの規模で良いのかと困惑する反面、こうして寄り添うように建てられ祀られるのは十分特別なのだろうとも思う。
(えっと……ここに置けば良いのかな?)
小祠の手前には、赤い台があった。艶やかな台は小祠の素朴な木の色合いに意外にも合っている。恐る恐る白い花を置けば良く映えた。
(……山神様と末永くお幸せに)
手を合わせて、一つ礼をする。
ゲームだとわかってはいるけれど、何せ生まれながらの日本人。毎年の正月の初詣は勿論、大学入試では大分お世話になった。神様違いでも、一礼もせず戻るのは気が引けた。
さてこれで戻るだけだ、と、踵を返して出口に向かっている最中だった。
「お前さん……こんな時間に何しとる?」
不意に背後から声を掛けられて、私は叫びそうになるほど驚いた。実際心臓がちょっと痛くなったし、首も痛くなった。
声は男の人のものだった。四○代くらいの、渋い声の人だった。
思わず振り返りそうになったけど、帰りからが本番だと知っていて振り返るなんて出来ない。でも何となく、普通に大丈夫な気もしていて、そのまま走って帰るというのも何だか気が引けていた。エキストラ? スタッフさんかも。混乱していたのだと思う。つまり、判断出来ずにその場で固まったまま動けずにいた。
「お前さん……いや、お嬢さんよ。ここらじゃ見掛けねぇ子だな。村の親戚の子か? この時間はもうここへ入る事は出来ねぇ筈なんだが」
誰も教えなかったのか? なんて、男は呟いている。
私は遊園地のお化け屋敷に入って、今帰る途中なだけなんだけど? 遊園地の人なのに何云ってるの? 何て思いながら、恐る恐る振り返った。振り返ってしまった事にこの時は気付かなかった。
そして私の背後に居たその人は、青い袴を履いた、やっぱりおじさんが立っていた。厳つい顔をしているけれど、雰囲気は怖くない。肌の色からして、受付に居た人とは違うな、なんて考えていた。
「嬢ちゃん、誰かと一緒に来たのか? だったら相手連れてさっさと帰んな」
いやだからお化け屋敷に入ったただの客ですが? 何て言いそうになったけれど、もしかしてこれも演出の一つなのかもしれない。そう考えれば態度に起こるのも小さいなぁ、なんて思って、「あ、はい。直ぐ帰ります」なんて言って、足早にその場を去った。
今にして思えば、この時ちゃんと事情を話していれば、この後痛い思いも怖い思いもせずに居られたんじゃないかと、ちょっと後悔している。