6 妃候補
妃候補たちの、国王への挨拶は次々と続く。
皆、女性たちは各々が最大限の美を演出してここへやってきている。そのため、誰もが華やかで、広間は珠玉を散りばめた錦のごとくきらびやかである。
「キャメリア=フエゴ」
「はい!」
燃えるような赤い髪を扇のごとく広げた女性が前へ出た。
とたん、場のざわめきが大きくなった。
「まあ……」
「なんてあでやかな方……」
(キャメリア妃……、陛下の二の妃だわ)
オルテンシアも、低くしていた姿勢を思わず正して彼女を見る。
キャメリア=フエゴ、19歳。
真っ赤で目立つ髪色に負けない鮮やかな顔立ちをした彼女は、清楚なピンク色のドレスに赤紫色のオーガンジーを重ねた優しげな装いで国王の前に立つ。
ドレスデザインの可憐さが、よりいっそう彼女の派手な容貌を引き立てていた。
周囲の女性たちの存在が霞むほどの美貌が、一等星のごとくきらめく。
「……っ」
国王が息をのみ、彼女をじっと見つめている。
(もしかしたら、一の妃は、あの子になるのかしら)
それもそのはず。
オルテンシアが抜けたので、順当に二番目の妃が一番のお気に入りになるのは道理だった。
(陛下の好みはかつてのわたくし――つまり、華やかで気が強い子がお好みだもの)
赤髪のキャメリアは、その点でばっちり理想の女性だった。
――『オルテンシアさま! 本日の宴はご遠慮ください!!』
ふと、在りし日のキャメリアの声が脳裏によみがえる。
『本日の月見の宴は、陛下がわたしのためにご企画されたもの。あなたが来られると迷惑です』
この後宮で、国王からの一の寵愛を受けるオルテンシアに逆らう者はほとんどいなかった。それなのに、キャメリアだけは一歩もひるまず張り合ってきたものだ。
(美人で、勝ち気で、負けず嫌い)
出自は庶民である。
限りなく王族に近いオルテンシアと比べてかなり低い。
だが、その一方でとある噂もあった。
――『キャメリアさまって実は、エルブルフ王国の王族の末裔だそうよ』
まことしやかに噂されていたのは、グラキス王国の前にこの地を収めていた故エルブルフ王国の血を引く娘だという根も葉もない噂だ。
姓が偶然の一致でその王家と同じ『フエゴ』だからという理由で。
彼女の圧倒的な美貌を前にすると、荒唐無稽であろうがそんな噂を口にしたくなる気持ちもわかる。
(まあ、信ぴょう性もなにもないのだけれど……)
本人自体が庶民出身を公言しており、きっぱり否定していたのだから。もし本当にかつての王族の末裔ならば、それを笠に着てもっと有利に立ち回れただろう。
『わたしこそが、一の妃にふさわしいわ!』
正々堂々と正面から突っかかってくるキャメリアは、ある意味猪突猛進型の愛すべき好敵手だった。
(まあ……、鬱陶しいことこの上なかったけれどね……)
今生では、彼女の立ち回りを一歩引いて眺めるつもりだ。
それから――。
「リーリエ=ティエラ」
「……はい」
優しげで儚い返事が耳に心地よく響く。
(あら、リーリエ妃)
控え目な性格を表すかのように、広間の一番後ろで立ち上がり、しずしずと前へ進み出ていく少女へ視線をやった。
リーリエ=ティエラ、15歳。
東方の辺境伯の娘で、最年少の妃候補にして、身体つきも小柄で華奢。透けるような白い肌をし、その上、髪が銀にも見える美麗な白色をしている。そのせいか、儚げでどこか浮世離れした印象を人々に与えた。
「お初お目にかかります、リーリエでございます……どうぞよしなに」
ふんわりとした甘い声に、誰もがまなじりを下げてしまう。国王の後ろに控える家臣たちも、溺愛する娘を見るようなまなざしをリーリエへ注いでいた。
(あの子は四の妃に選ばれた。たしか、陛下の意向というよりは、家臣たちが一丸となって推したとかで)
百人の男性がいれば、九十九人は彼女を花嫁に欲しいと望むだろう可憐な見目に加えて、その人徳も素晴らしいと聞く。
ちょうどオルテンシアの近くにいた少女が、知りあいらしい隣の女の子とささやき合う。
「あの子、知ってる。『白の聖女』だわ」
「父親から譲られた莫大な資産のほとんどを病院とか孤児院へ惜しげなく寄付したっていう?」
「それだけじゃないわ。自ら足を運んで貧しい人々に食べ物とか服とかを届けているそうよ」
少女たちの噂話を聞いて、オルテンシアは感心する。
(なるほどね。そういうのが『聖女』なのね。わたくしも見習わなくては)
そのうち機会があれば、リーリエと親交を深めてみようと思う。
次々と名を呼ばれ、挨拶を終えていく女性たちの中に、ようやくかつての三の妃を見つけた。
「レオーネ=ルーチェ」
「はい」
すっと背が高く、姿勢のよさが目を引く女性が進み出る。菜の花のような真っ黄色の髪を後頭部できっちりとまとめているせいで、美しいうなじがよく見える。
レオーネ=ルーチェ、20歳。妃候補の中では最年長だ。
出自は城下で材木商を営む商家の娘だと聞く。しかしながら、その佇まいからは貴族の令嬢に負けない気品があふれている。幼い頃からしかるべき教育を受けてきたことが雰囲気から察せられる。
「この度は陛下とこうして相まみえてご挨拶できますこと、大変光栄に思っております。不勉強の不束者ですが、なにとぞよろしくお願い申し上げます」
しっかり者で礼儀正しく、かといって自己主張が激しいわけでもない大人びたレオーネは、『敵を作らない』妃の筆頭だった。
赤髪のキャメリア妃とは正反対の人物である。
(レオーネ妃のそういうところも見習わないとね)
オルテンシアは心のメモに彼女の所作を刻んでおく。
――こうして、役者は揃った。
新たなオルテンシアの後宮生活はここから始まるのだった。