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57 七色の輪

 凜とした声と態度に、国王を取り囲んでいた者たちは一瞬怯む。


 オルテンシアは、遠慮なく歩みを進めた。

 警備の者たちの背に隠れていたオーキデの姿をみとめ、満面の笑みと強いまなざしで射すくめる。


「まあ陛下。このような騒ぎの中、後宮へお渡りですか? 火事場見学でもなさりたいの?」

「な……っ、違、余は……」


 オルテンシアの迫力におされて、オーキデは言葉さえうまく継げないでいる。

 代わりに、我に返ったメイドが細い声を上げた。


「陛下はリーリエさまのもとへお向かいになるのです」


 すかさず、オルテンシアは鼻で嗤う。


「リーリエ妃? 冗談もほどほどにおっしゃいな。あのような幼子、どこが陛下のお気に召すと?」


 さらにぐいっと踏み出して、オーキデとの距離を詰める。額がふれ合うほど接近して瞳を覗き込めば、オーキデはあまりの事態に混乱して目を回していた。


「陛下のお好みはわたくしがよーく存じ上げておりますわ」

「え、あ……」

「さあ、共に参りましょう」


 すっと腕を組む。彼はびくりと肩をはねあげるものの、抵抗しなかった。


(そう、できないのよ)


 もともと、こうやって強引に引っ張っていかれたい気質なのである。だからこそ、見た目は聖女で中身が悪女のごとき強いオルテンシアが、最も愛されたのだ。


「これで全色揃ったわね」


 戸惑いがちに様子を見守っていたソールが、夢から覚めたように背筋を伸ばす。


「どうやって虹を作る?」

「簡単よ。空へ向かって『えいっ』って念じればいいの。手をつなぎましょう」


 右手はオーキデとすでにつないでいたので、左手を兄とつなぐ。


「適当ね。でも、それしか方法がないのなら従ってあげるわ」


 文句を言いながらキャメリアがオーキデの右手を取った。そして、反対側の手は隣にいたレオーネとつなぐ。

 自然とレオーネはナランと右手をつなぐが、残ったナランは自分の右に立つソールを見て、おおげさに手を引っ込める。


「嫌ですわっ、鬼畜悪魔と手なんてつなげません!」

「俺だって女なんかとお断りだ!」


 負けずにソールも吠える。


「ではわたしとつなごうか」


 すると穏やかな声で兄が言って、ナランに手を差しだした。


「ま……」


 現金なもので、ナランはぽっと頬を染め、素直に兄の手を握った。

 自業自得ではあるが、ソールは一人、手繋ぎの輪の外に取り残される。


「まったくもう、世話が焼ける人ね。ここに来なさい」


 オルテンシアは兄とつないでいた手を放し、あいだに彼を導いた。


「……」


 一言二言は苦情を言ってくるかと思われたが、意外にもすんなりと彼はオルテンシアの手を取ったのだった。


(なによ、調子がくるうじゃない)


 右手につなぐ大福のようなオーキデの手と違い、左手はオルテンシアよりもずっと大きくて骨ばった手に包まれている。


(なんか……変)


 ただ手をつないだだけなのに――胸の奥をくすぐられたような不思議な感覚に襲われた。


『さあ、虹を作るにゃね!』


 輪の中心に、ウニャがぽわっと現れる。


(いこう)


 ――最初の人生で、オルテンシアは大きな失敗をした。

 取り返しのつかない事態になってしまってから、ようやく自分の至らなさに気づいた。

 もし次があるのなら、絶対に悲劇は繰り返さないと決めた。

 国を守るとか、そんな大それた夢ではない。ただ、自分や兄、周りの人たちが、穏やかに暮らしていけるようにする。


(わたくしはもう、悪女ではないわ。虹の乙女、虹の聖女として――)


 理を曲げて日常を壊そうとする輩を退けよう。

 幸い、一人ではない。幻獣もいれば、家族もいる。仲間も。

 力を合わせて念じればきっと、天にも届くはず――。


「お願い」

『来てにゃ!!』


 オルテンシアとウニャの声が重なる。

 左右の手に力を込めて握り、まぶたもぎゅっと閉じる。


 次の瞬間、緞帳が下りたようにぶつりと視界が真っ暗になった。


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

↓短編小説はこちら↓
『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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