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55 虹の架橋

 ソールの存在に一早く気づいたのはナランだった。


「きゃああっ、どうしてその男がいますの!? 鬼っ、悪魔っ、殺される!」


 恐怖に凍りついた目をソールへ向け、オルテンシアの背後に隠れようとする。ソールはソールで、わざとらしく両耳を塞いで凄んだ。


「うるさい、黙れ。鼓膜が破れる」

「ひええ、死ぬっ、死にますわ、わたくし!」

「大丈夫だから落ち着いて、ナラン。この人は、味方なのよ」

「み、味方ぁ……?」


 メーゼ・ティフォーネ事件のとき問答無用で縛り上げられたのが、よほど恐怖だったらしい。涙目になっている。


「かしましい女共、今から説明する。寸分漏らさず聞け」


 ソールが居丈高に説明を始める。

 一連の事件のあらまし、目星をつけた犯人、そして幻獣の話にも及ぶ。


「ふうん、オルテンシアさまがケットシー、そちらの宦官もどき? がフェアリーの加護主だというの。……奇遇ね、わたしには火の幻獣フェニックスがついているのよ」


 柳眉をきりりと吊り上げてキャメリアが明かす。


(やっぱりそうだったのね)


 彼女が故エルブレフ王国の末裔だという噂は本当だったわけだ。


「これで三つの幻獣が揃ったわね。って、協力してくれるのよね?」

「しないわけにはいかないじゃないの。仕方ないわね」


 毎回必ず不本意そうに振る舞うキャメリアだが、結局折れてくれる。案外慣れてしまうと可愛げがある。


「幻獣を天の世界から降臨願いたいのなら、祈るのだと……幼い頃母から聞いたわ」

「祈るの? なにか呪文が?」

「いいえ、そういうわけではなく。祈って、降臨するための橋を架けるのだそうよ」

「橋……」


 古代の国家では、天に届く建物を造るのだといって百階建ての塔を計画した王がいたとか、月を欲して長い梯子を作ったとか、そんな逸話は聞いたことがあるが……。


(そんなの、現実的ではないわ)


 すると、ようやくソールの衝撃から立ち直ったらしいナランが夢見がちな発言をする。


「不謹慎ですけれど、天に架かる橋なんて虹みたいで素敵ですわね」

「虹!!」


 背筋に雷が落ちたような衝撃を受けた。


(そうだわ、虹よ。虹を架ければいいのだわ)


 そのための虹乙女なのではないか。

 オルテンシアは急いで部屋の窓を大きく開ける。土色の空へ向かって勢いよく指をさした。


「えい!」


 ――しかし……、虹は生まれなかった。


「え……どうして」


 虹乙女の力は、使えなくなっていた。


(もしかして、ウニャの力が弱っているから……?)


「ちょっと、なんなの? 外になにかあって?」


 背後に立ったキャメリアが、両手を腰に当てて言ってくる。


「虹を……作ろうと思ったのよ」

「作ろうと思って作れるものじゃないでしょう?」


 虹乙女の力についても最初から説明すべきか。迷ったところへソールが割り入ってくる。


「そういえばお前、以前じょうろで虹を作っていたな。あれは幻獣の力だったのか」

「ええ。実はそうなの」


 すると、キャメリアもはっと瞳を見開く。


「まさかあの『虹茶』っていうのも」

「想像通りよ。わたくしはケットシーから虹を作れる『虹乙女』の力を授かっているの。だけれど、肝心なときにごめんなさい。力が足りなくて、今はできないみたい」


 肩を落とすオルテンシアに、拳を握ったナランが詰め寄ってくる。


「オルテンシアさま! お力が足りないのでしたらわたくしが助力いたしますわ。一の親友ですから!!」

「気持ちは嬉しいけれど、どうやって力になってもらえばいいのか……」


 今度は、レオーネがあっけらかんと尋ねてくる。


「ねえ、虹って。これじゃ代わりになりません?」


 なぜか彼女は自分の頭を指さした。それから、キャメリア、ナラン、ソール、オルテンシア……と頭数でも数えるように順番にさしてくる。


「なにをやっているんだ?」


 馬鹿にした口調でソールが言うのを、レオーネははねのける。


「頭の色。ここにいる人たちが並べば、虹みたいじゃありません?」

「あ……」


 キャメリアが赤、ナランがオレンジ、レオーネが黄、ソールが緑で――オルテンシアが紫。虹らしい色合いが揃っている。


「適当をほざくな。青と藍が足りないだろうが。虹は七色だ」


 妙なところが細かいソールが訂正を入れるが、レオーネはどこ吹く風だ。


「いつもはっきりと七色なんですか? そうではないですよね?」


 たしかにうっすらとしている時は七色を確認できないし、暗闇でもそうだ。

 だが、天の世界との架け橋となる虹は、適当な七色ではダメな気がした。


「あと二人、青い髪の人と、藍色の髪の人がいれば……」


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『後宮恋恋』

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