54 集合
「ウマ!?」
オルテンシアが訝しげに繰り返すと、ソールはもの問いたげな視線をこちらへ向けてくる。幻獣の声が彼には聞こえないせいだと気づき、は通訳者のごとくウニャの言ったことをそのまま彼へ伝えた。
「ウマとは何の幻獣だ? 土か? ユニコーンの間違いでは?」
ソールの声はそのままウニャに届くらしい。ウニャは答える。
『ユニコーンは前回、自分が守る国を早期に滅亡させてしまったせいで、天の世界から格下げされたにゃ。シンボルだった角を折られて、ウマになりさがったにゃ』
ケットシーがオルテンシアの時間を戻してまでグラキス王国の滅亡を避けたかった理由がここにはっきりする。
かつて同じ立場で国の守り神だったユニコーンは、務めを果たせず100年もの戦国時代を迎えさせた罪で、幻獣として格下げされてしまったのだった。
ケットシーもそんなふうに扱われるのを、避けたかったのに違いない。
「では、それを恨んで今回こんなことを……?」
『それもあるにゃが、前にも言ったとおり、風→火→水→土の順で政権は巡っていくにゃ。つまり、グラキス王国が滅べば、次は土の幻獣の時代。自分たちの国の成り立ちを早めようとしたのにゃ』
(なんて無茶な……)
ウマに格下げされたユニコーンは、自暴自棄にでもなっているのかもしれない。
『リーリエはもしかしたらウマに洗脳されているのかもしれないにゃ。ユニコーンの角にはそういう薬物の効果があるのにゃ』
洗脳、という言葉に閃いたのは、兄ラヴァンドのかつての豹変ぶりだった。
「もしかしたら権力欲にくるってしまったお兄さまも、洗脳されていたのかもしれないのね」
『あり得るにゃ』
「でも、こうして犯人はわかったし、ウニャは帰ってきてくれた。もう大丈夫なのよね?」
すると、ウニャはしゅうんと耳を垂れる。
『ごめんにゃ……ウニャ、大失態にゃ……』
「どうしたの?」
『実は……ウマにヒゲを切られてしまったにゃ……!』
言いながら、水中にぶくぶくと沈んでいく。オルテンシアは慌てて両手で掬いあげた。顔を出したウニャのヒゲが、たしかにない! ないというか、短い。
『ヒゲを切られたウニャは力が出せないにゃにゃにゃ~……』
涙目で訴えるウニャに、オルテンシアまで胸が締めつけられる。
「なんてひどいことを」
『これじゃあウマをとっちめることもできないにゃ。もともと水はエレメンタル的に土に弱いにゃ。完全にやられたにゃ……』
落ち込むウニャのぽよぽよの頬を挟み、オルテンシアは語気強く励ます。
「大丈夫よ、わたくしがついているじゃない。それに、思いがけない味方ができたのよ」
言って、ソールを示す。
「ソール=ヴェントは風の幻獣フェアリーの加護主らしいわ。どうにかして、フェアリーを天の世界から召喚して力になってもらわない? 風と土なら、どちらがエレメンタル的に有利なの?」
『風だにゃ……』
ほかにもきっとキャメリアを仲間に引き入れれば。
そう思ったところで、部屋の戸がガンガンと叩かれる。
「オルテンシアさまっ! ご無事ですの!?」
ナランだった。なんてちょうどいい。
「わたくしは無事よ。それより、来て早々ごめんなさい、キャメリアを探して連れて来てくれない?」
「え? あの赤髪をですか?」
明らかに嫌な顔をするナランに、オルテンシアは聖女の笑みを浮かべて頼む。
「お願い。一の親友のあなたにしか頼めないの」
「はいいっ! お任せくださいまし!」
とんぼ返りのごとく去っていったナランを見て、ソールがぽつりとこぼす。
「お前、やはり悪女だな」
――それから。
「小火騒動で忙しいときに何だと言うの、オルテンシアさま」
ナランに連れられて現れたキャメリアの後ろには、レオーネまでいる。
「あら、レオーネさまも来てくれたの?」
「はい。わたしたちは運命共同体だとおっしゃったではありませんか。参加させてくださいな」
しれっと答えるレオーネだが、ナランがいきり立つ。
「オルテンシアさまっ、この者は燃えかけたキッチンで火事場泥棒をしようとしていたのですわ! 思わず引っ張って連れてきてしまいました」
衝撃の事実に半眼となる。しかし、レオーネはどこ吹く風だ。
「まあ、人聞きの悪い。キッチンメイドの皆様の無事を確認しようとしていただけですわ」
「どの口がっ。引き出しの中にメイドがいるはずないでしょう! 後宮妃ともあろう者が、恥ずかしいですわっ」
「ナランさまもレオーネさまもお黙りなさい。わたしなど部屋の近くが燃えたのよ。冗談を言っている場合ではなく怖かったわ」
個性豊かな女性たちが三人も増えると、部屋が一気に賑やかになる。
女嫌いのソールは、芯からうんざりしたように、これ見よがしのため息をついた。




