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52 加護主

 ケットシーのウニャを想って胸を痛めていると、ふいにソールが尋ねてくる。


「さっきからなんなんだ? なにを隠している?」

「別に……」


 とぼけるものの、彼はじっと真摯な瞳で射貫いてくる。


「やたらとしんどそうにしている。具合でも悪いのか?」

「っ」


 余裕がなくて、動揺が態度に出てしまう。


「やはり隠しているな。話せ」

「なにもないわ」

「いいか。女一人、吐かせようと思えばどんな方法だってある。無駄に痛い思いをしたくないなら、さっさと言え。……聞いてやる」


 途中までは威圧的だったものの、語尾につけ加えられた一言には思いがけない優しさが混じっていた。

 彼なりに、オルテンシアに気をつかっているらしい。とてつもなくわかりにくいが。


(言い方ってものがあるでしょうに……)


 だが、かえって頑なだった心が少し緩んだ気がする。

 引き結んでいた唇をほどいたら、するりと正直な言葉がこぼれた。


「昨夜から、リーリエのもとへ行った幻獣が帰ってこないのよ……」

「幻獣だと?」

「幻獣ケットシー――グラキス王国の守り神よ」


 切れ長の瞳が見開かれる。ややあって、彼はかすれ声で応えた。


「そういえばアクア家は、王族と同じ血筋だったな。お前も幻獣がわかるのか」


 意外な返答に、今度はオルテンシアが驚く番だった。


「あなた、幻獣について知っているの?」

「常人よりは詳しい。お前には及ばぬだろうが」

「なぜ? 本に書いてあったとか?」


 キャメリアが『少し本を読めば載っている』と言っていたのを思い出した。しかし、ソールは即座に否定する。


「違う。俺もフェアリーの加護を得た者だからだ」

「フェアリー?」

「風属性の幻獣。グラキス王国から二代さかのぼる王朝、アダ王国の守護獣だ」

「っ!」


 アダ王国は王族の血筋が完全に絶えてエルブレフ王国へ政権が移行したと歴史書には載っていたが。だが、ソールはその生き残りなのだろうか。

 戦々恐々とした目で彼を見つめる。ソールはオルテンシアの疑惑のまなざしを的確に理解して答えた。


「違うぞ。俺はアダ王国の末裔ではない。前にも言った通り、シュトウルム族出身だ」

「そう、よね……。では何故?」

「フェアリーは三百年前に王国を加護する役割を終えた後、しばらくのあいだ眠りについた。そしてその後、遥か未来に王朝を築くだろう次なる一族を加護主として定めたのだ。それが俺たちシュトウルム族だ」


 だから、オルテンシアの言う幻獣の話をあっさりと受け入れたのだという。


「グラキス王国からすれば、俺の一族は単なる小さな集落。国としての認識はないだろう。だが一応、俺の父親は一族内では王を名乗っている。妻妾三十余人を抱えて振り回されているどうしようもないやつなのだが」


 心底辟易しているといったふうに吐き捨てる彼を見て、オルテンシアはふと思う。


「あなたが女嫌いなのはお父さまの影響なの?」


 図星を突いたようだ。ソールは不愉快そうに唇をへの字に曲げた。


「そうとも言う。女同士の諍いを長男の俺にすべて仲裁させるので、呆れて地元を離れることにした」

「まあ、ふふ。なのにまた後宮の庶務を任されているなんて難儀なものね」


 ソールは酸っぱいものでも食べたような顔になった。


「くだらん話は後でいい。今は幻獣のことだ」


 ウニャの話に戻り、オルテンシアも表情を引き締める。


「『帰ってこない』と言ったな。そもそも、ケットシーはお前と共に行動していたという意味か?」

「ええ。あなたは違うの?」

「フェアリーは天の世界に住んでいて、自分の時代が巡って来るまで降臨することはない。ただその存在は常に感じるし、俺によい影響を与えてくれている。人よりも目鼻が利くのはおそらくフェアリーの加護だ」

「そういうもの? わたくしの場合は、二度目からずっと一緒に過ごして……」

「二度目?」


 鋭く切り込まれて、もう隠せないと観念した。

 開き直ったオルテンシアは、一気にこれまでの事情を話す。

 過去に国王の寵姫、一の妃として君臨し、贅沢三昧の暮らしをしたこと。反発する臣下や生活苦に苦しむ民のことに無関心でいた自分。陰ではグラキス王国を滅ぼそうという動きがあったのに気づかず、反乱軍に対抗する術ももたず、捕らえられて兄と並んで処刑され――やり直し人生を歩んでいる現状を。


「荒唐無稽な話だと思うわよね。でも、本当なの」


 内容を吟味するような間を置いてから、ソールはまっすぐにこちらを見つめて言った。


「お前が言葉を濁してきた『目的』が今わかってすっきりした」

「信じてくれるの?」

「今さらここで嘘をつく必要がないだろうが。それより幻獣だ。昨夜からの異変は国の守り神が害されたせいで起こったのだろう」

「ではウニャはもう……」


 胸に氷を突っ込まれたような気がする。


「落ち着け。幻獣はそう簡単に消えていなくなったりはしない。それに、もしそんなことになれば小火騒ぎどころではなく大災害が起こっているはずだ」

「でも、このまま危害が加えられ続ければ、もしかして」

「そうだな、対応を急ぐ必要はある。万が一幻獣に最悪の事態が起これば、お前が一度目とやらで体験した反乱などなくとも、天変地異が雪崩のように襲い掛かり、この国は壊滅状態となるだろう」

「どうすればいいの!?」


 切羽詰まった気持ちを思わず目の前の人へぶつける。

 すると、思いがけず彼は真正面から受け取ってくれた。


「俺が助けてやる」


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