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51 出自

「東の辺境、リーリエの故郷で何がわかったの?」


 どこか落ち着かない素振りを見せていたソールだが、核心にふれればすぐにいつもの硬い表情へ戻る。


「実はリーリエ=ティエラは辺境伯の実子ではなく、養女だというのが判明した」

(やっぱり、高貴の出ではなかった)


 虹を見ても無感動だった姿に違和感を抱いたオルテンシアの予想が当たったといえる。


「では、本当の出自は? 異国だったりするの? たとえば、もっと東の国から来たとか」


 レオーネが言っていた東洋の怪しげな薬物と関連づけて尋ねてみる。だが、さすがにそこまでは違ったようで、ソールは首を横に振った。


「その辺ははっきりしない。彼女は表向き孤児院出身とされていた」

「表向き?」


 おかしい。

 辺境伯の娘が孤児院出身というのは見栄えが悪いと隠されていたならともかく、『表向き』孤児院出身とは。


(もっとひどい出生だとか?)


 ただならぬ事情がありそうだ。


「おおかたお前の予想通りだ。リーリエ=ティエラの両親はどちらも奴隷で、とある金持ちの館で使われていたらしい。時代錯誤も甚だしいな」

「え……」


 奴隷制度は前王朝エルブレフ王国の初期まで存在したものの、二百年以上前に廃れていた。

 グラキス王国ではもちろん、非人道的な奴隷は許されていない。


「あちらの地方では、いまだに隣接する異国から連れてきたものを虐げたり、奴隷にして酷使したりする文化が残っているようだ。看過できない事態だけに、上へ報告させてもらった」


 さすが後宮の揉め事の仲裁や監査を任される庶務担当とあって、こういう働きも細やかだ。リーリエの調査だけにとどまらず、しっかりと他の不正も正そうとするところに感心する。


「両親ともに使い潰されて亡くなり、孤児となった彼女もまた奴隷として虐げられていた。だが、あるとき美しく成長した姿が辺境伯の目に留まり、引き取られることになったそうだ。その際、奴隷出身と大っぴらにするわけにはいかず、一時的に孤児院へ預けられて、そこから屋敷へ連れてきた経緯があるという」


 貧乏暮らしに喘いでいたレオーネ以上に壮絶な過去なのだった。


「あの子が慈善事業に熱心だったのは、もしかして恵まれない子供たちに自分を重ねたのかしら」


 ぽつりとつぶやく。

 先日部屋を訪れた際も、都の孤児院にサシェを送るのだと言ってたくさん作っていた。

 だが、ソールは鼻で笑う。


「さすが真のご令嬢は考えが甘いな」


 馬鹿にした物言いにかちんとくるが、これが彼の通常運転なのだから仕方がない。


「リーリエ=ティエラがお前と同じくノブレスオブリージュの精神にあふれた芯からの令嬢であれば話は違っただろう。だが、あいつは培われた土壌が過酷だ。質の悪さの度合いが、お前とは天と地ほど違う」

「……っ」


 一時は『傾国の悪女』とののしられたオルテンシアの質の悪さを、この人は大したものではないと言ったのだ。

 それは――目からうろこが落ちるような心地だった。


 断頭台に立ち、自分は国を滅ぼした悪女だと。救いようのない駄目な女なのだと自覚した。だから次の人生では聖女のような生き方を目指さなければと気負っていた。


(でも、蓋を開けてみたら、聖女然としていたリーリエが本物の悪だったなんてね)


 事件が解決したわけではないのに――どこか救われたような、不思議な高揚感に包まれる。

 オルテンシアはオルテンシアのまま、グラキス王国を守るため、真の悪を追及していこう。

 新たな決意と共に、ソールに視線を戻す。


「あなたのことだから、リーリエが地元でしてきた慈善事業についても調べてきたのよね?」

「もちろんだ。彼女は地元の孤児院へ頻繁に足を運び、食物や物資を届ける活動を熱心に行っていたとか。表向きは辺境伯令嬢のボランティア活動だが、彼女の出自の秘密を知っている者は、それをオブラートで包むために行っているのだと認識していたらしい」

「でも、さらに裏があったと」


 ソールは重々しくうなずく。


「奴が頻繁に通っていた孤児院では、不審な死がよくあったとか」

「っ! まさか、孤児たちに毒を飲ませていた……とか?」


 ミュゲ・ガーデンで殺された商人の最後の姿が浮かび、肝が冷える。


「記録にはなにも残っていない。もともと孤児たちだ。詳しく調べようとする親はいない。そこが奴の狙いだったのだろう。おそらく、孤児を使ってなんらかの毒物の実験をしていたのでは?」

「そんな……事実なら、とんでもないわ」

「奴隷として長らく虐げられていたのだ。この世をひどく恨んでいたのに違いない。支配者側に移ってすべてに仕返ししてやるという思考に育ってもおかしくない」


 堂々としたソールの発言には、真実味がある。

 彼もまた、少数民族シュトウルム族の出身者として差別された過去があった。リーリエほどではなくとも通じるものがあるのだろう。


「……だからリーリエは、この国ごと滅ぼしたいと望むのかしら」


 思わず言うと、ソールが食いついてくる。


「なんだと。それは本人が漏らしたのか? ただ陛下を篭絡して後宮の女王になろうとしているのではなく、目的は国なのか?」

「違うわ、彼女が言ったわけではないの。ただの勘よ」


 手始めに、国を守る幻獣を害して、滅亡の道へ誘われているのかもしれない。


(ウニャ、どうしているの)


 返ってこないあの子を想うと、胸が引きちぎられそうな心地がした。


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

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