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5 オーキデ=アクア

 グラキス王国第三代国王オーキデは、そこそこの見目の持ち主ながら、その所作はどこかぼんやりとしていて、うだつの上がらなそうな人物であった。


 肩書きや衣装ばかりの主張が強く、本人は霞のごとくぼんやりとして見える。

 彼を褒める者はたいてい口を揃えてこう言うのだ。


『たいへん柔軟性があってお優しくいらっしゃり、将来性が楽しみなお方だ』と。


 つまり気弱で、これといった長所のない凡庸な人物だという意味である。

 かつてのオルテンシアは一目で彼を『御しやすそう』と見定め、その後尻に敷いて好き放題をしたのであった。


(でも、今回のわたくしは違うわ)


 国王からの寵愛などまったく必要ない。彼の目に留まらず、静かに平和に一人で生きていくのだ。


(思い返してみれば、わたくしはあの方を愛していたのかしら……?)


 わからない。


(そもそも貴族の結婚に愛なんて存在しないものだし)


 オルテンシアにとって重要なのは、自分が満足するかどうかだった。生まれつきの姫君であり、自尊心が山のように高かった。

 自分よりも身分の低い男性に嫁ぐのはごめんであり、結果として国王の妃になる以外の選択肢がなかっただけである。さらに、妃になるからには一番でないと気が済まなかった。


(思い返せば、馬鹿みたいね)


 かつての夫に未練はひとかけらもない。

 妃の位など、潔く他の女性に譲ってあげよう。


(とにかく、この場は彼の目に留まらないように努めるのみだわ)


 謁見式ではこの後、娘たちの名が一人ずつ呼ばれて進み出て、国王へ挨拶をすることになっている。

 だいたいこの対面時の第一印象で、一年後の序列は決まってしまうといってもよい。そのため、娘たちは自分の名が呼ばれるのを顔をこわばらせて待っている。


「では、順に名を呼んでいく。呼ばれた者は前へ出て陛下に名を告げるように」


 王族に連なるアクア家の令嬢であるオルテンシアは、高い身分を考慮されて一番に呼ばれるのだ。


(目立たないように、陰気に、小さな声で……)


 下を向いて、ふうっと息を吐いた。


「オルテンシア=アクア」

「……はい」


 できる限り低い声で返事をする。

 腰を折り曲げ、暗がりで書物を読んでいるように首を前へ倒した不格好な姿で前へ進み、顔を上げないまま自己紹介をした。


「オルテンシア=アクアでございます……」


 会場の一部でざわめきが起こる。

 基本的に屋敷の外へ出る機会のないオルテンシアの容姿を知っている者はほとんどいないが、人々は『絶世の美女』という前評判との落差に驚きを隠せない様子だ。


 目の前の国王は小さく「うむ」とうなずく。

 挨拶、これにて終了である。


(やったわ……!)


 一度目のオルテンシアは、胸を張って堂々と前へ進み出て、華麗な挨拶を告げた。すると国王は、その美貌に度肝を抜かれた様子で頬を真っ赤に染め、話しかけてきたのだ。司会の者が次の娘の名前を呼ぼうとしてもなかなか許さず、オルテンシアを引き留め続けたものだった。


(さっくり解放されたということは、まったく興味を示されなかったも同然。作戦成功ね)


 ひっそりと拳を握りしめる。


「ナラン=ソンブラ」


 流れるように次なる人物の名が呼ばれる。


(ナランだわ)


 なんとなく振り向けば、彼女と目が合った。

 目の玉が飛び出しそうなほど仰天した様子でこちらを見つめている。


(それは驚くわよね……)


 思わず苦笑が漏れた。

 あとで適当な言い訳を考えておかなければならない。


(いつもの化粧は敏腕メイドに半日以上かけて施してもらっているとか、どう?)


 ナランはオルテンシアのいわゆる取り巻きだった。オルテンシアが身にまとうドレス、髪型、装飾品などなど、常に真似したがる崇拝者だ。

 だから、素顔が美女ではなかったなどと言ったら、どんな反応をするだろう。


(なんだかおもしろくなってきたわ)


 こっそりと肩を震わせながら群衆の中へ身をひそめる。

 新しい人生、悪くないかもしれなかった。


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