46 国王誘惑作戦
「あ~れ~」
「捕まえたぞぉ、ナラン」
「陛下ー、わたしはこっちですよー」
「次はキャメリアだな。覚悟しろ」
数刻後、ロータス・ガーデンには国王と妃候補たちの楽しげな笑い声が響き渡っていた。
進行役を務めるオルテンシアは、キャメリアがオーキデを振り回している隙にレオーネへ耳打ちする。
「ここで一度、背後から陛下に戯れて邪魔をしてみて」
「わかりました」
指示通り彼女はさっと動いてくれる。
そろそろオーキデの額に汗がにじみ始め、息が上がり始めたのを見て、次にナランのほうを向く。
「陛下の味方をしてキャメリアさまの逃げ道を塞いだり、ちょっと袖を摘まんだりして妨害してきて。でも、あなたが主体になってはだめよ。あくまで陛下に花道を譲って」
「え、は、はい!」
ぎこちなく駆けていったナランは、絶妙な加減で追いつ追われつを繰り広げているキャメリアとオーキデのあいだに入れず、周囲を無意味にうろつく。
(ああ、もう)
自らが割り入って実行したくなるが、じっと堪える。目立つわけにはいかない。
すると、察したキャメリアが自らナランにぶつかり、腕を絡めてよろめく演技をしてみせる。
(うまいわ)
指示通り明確に動いてくれるレオーネも優秀だが、それをなしにこちらの意図を汲んで対応できるキャメリアにも拍手を送りたくなる。
「捕まえたぞ!」
大きく肩を上下させながら、オーキデが頬を紅潮させてキャメリアの袖を取る。彼女は大げさに残念がった。
「ああん、悔しい! 陛下にはかないませんわ~!」
「そうだろう、そうだろう」
「わたし、へとへとですわ。少し休憩しましょうよ」
オルテンシアが酒杯の準備をしているのを目の端に捉えたのか、キャメリアは的確に次の流れへもっていってくれる。
(やりやすい)
共に作戦をこなす相棒として適任なのは彼女だ。
ひたすら煩わしいライバルだと思っていたのに、かなり印象が変わった。
遊戯を終え、酒宴に移る。
あまり酒に強くないオーキデには、甘くて飲みやすい果実水にほんの少しだけ酒精を足したものを用意して、小さな杯でちびちびと楽しませた。
それと、意外にも少量でもすぐ酔ってしまうキャメリアのグラスは、水に変えておく。
「ねえ陛下、またこうしてわたしたちと遊んでくれませんか?」
キャメリアがオーキデの肩口に頬を寄せ、上目遣いで誘う。
「いいとも。また遊んであげよう」
上機嫌でオーキデは答える。空になった皿を下げようと近づいたオルテンシアは、背後から彼に問いかけてみた。
「近頃陛下はリーリエ=ティエラさまをお可愛がりになっておられますね。あの子とはなにをして遊びますの?」
これまで影のごとく動いていたオルテンシアに話しかけられて、オーキデは一瞬ぎょっとする。だが、阿吽の呼吸でキャメリアが助太刀してくれた。
「わたしも知りたいですわぁ」
しなだれかかって甘える。オーキデの困惑顔はすぐに破顔に変わった。
「昨日は共にケーキを食べたのだ。そのあとうまいブランデーを飲んで……」
「それから?」
キャメリアと反対側の席からオーキデを挟んでレオーネが乗り出す。しかし、彼の口は曖昧になった。
「どうだったかな?」
はぐらかしているわけではなく、覚えていないらしい。
「おとといは?」
重ねてオルテンシアが問いかけると、彼は少し首を傾けながら答える。
「鴨の甘辛炒めのネギ抜きを食べたのがうまかったな。出てきたビールは飲みやすくて……」
「その後は?」
「……ううむ、どうだったか……」
二日連続酔って記憶を失ってしまったようだ。酒に弱い彼ならおかしくはない。
だが、違和感は残る。
(食べたもの、飲んだものに関してはよく覚えているのに、そのあとの記憶だけまったくないのは変だわ)
オルテンシアは声がやや詰問調子になるのを止められない。
「では三日前は覚えていますか?」
「三日前、陛下はなにをして遊んだのですかぁ? 教えてくださいよ~」
察したキャメリアが、すぐさま甘い口調に切り替えて問い直してくれる。
だが、彼の答えは同じだった。
「川魚の甘酢揚げを食べて赤ワインを飲んだあと……、どうだったか……?」
「陛下ったら、忘れん坊さん」
レオーネがうまくまとめて、おどけたふうに彼の頬を軽くつねる。そして席を立ち、ナランを詰めて座らせた。
火照った頬を覚ますように袖で顔を仰ぎながら部屋の外へ出る。オルテンシアは彼女の後を追って共に廊下へ出た。




