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41 見舞い

 ソール=ヴェントがリーリエ=ティエラの故郷へ旅立ってから、七日ほどが過ぎた。


 ――あのあと、オルテンシアは体調を崩していた。

 一日動き回って疲れがたまっていた上に、雨に打たれてしばらくそのままにしていたせいで、すっかり風邪を引いてしまったらしかった。

 春から初夏への季節の変わり目で天候がはっきりしないのもあってか、長く床につく。


「情けないわね……」


 中途半端に伸びて生え際の空色が目立つようになった髪を撫でつけながらつぶやく。

 枕もとに座るケットシーのウニャが首を振った。


『仕方がないにゃ、オルテンシアは時を戻してからずっと働きづくめだったにゃ』


 生まれ変わったとはいえ、身体は深窓の姫君だったオルテンシアのままなのだ。あまり無理はできないらしい。


「身体、鍛えようかしら」


 毎晩ミュゲ・ガーデンで鍛錬をしているとかいうキャメリアを、少し見習った方がいいのかもしれない。


『少しゆっくりするといいにゃ。ウニャも疲れたから休むにゃ』

「あなたは前からちょいちょい休んでいるじゃないの」

『疲れたら休むのが一番なのにゃ』


 言って、ウニャは寝台の上で身体を丸めた。

 形は猫とはいえ、いかんせん大きいため、寝台の半分は占めてしまう。


(でも……まあ、いいか)


 モフモフの身体を枕代わりにオルテンシアも寄り添った。そして、しばしの休憩時間を過ごしたのだった。




 朝と晩にカエルの鳴き声が聞こえる季節となってきた。雨季が近づいてきている。

 長らくの体調不良からようやく立ち直ってきた。

 久々に気分がすっきりして身体が軽く感じたため、起き上がって朝の支度を始めてみた。顔色を暗くする化粧をほどこし、髪を紫草で染め直したところで、部屋の扉が叩かれる。


「失礼いたします。ラヴァンド=アクアさまからお届け物です」

「まあ、お兄さまから?」


 渡されたのは、抱えるほどの大きさの果物かごだった。

 妹が臥せっているとの知らせを受けて、見舞いの品を届けてくれたらしい。

 テーブルの上に置いてさっそく被せられていたレースを開くと、中には青い花に白いがくが対照的なあじさいの切り花と、ワイルドベリー、さくらんぼが入っていた。


「素敵」


 さすが風流を愛する兄だ。色合いの美しさはもちろん、あじさいはオルテンシアの名の由来である。病床の妹を想う心が伝わってきた。


「あら、これはカエルの形かしら?」


 しかも、あじさいの花には緑色の紙で折ったカエルが挟みこまれていて、摘まみ上げてみればどうやら中に文字が書いてあるらしい。


「手紙?」


 開いてしまうのはもったいないが、中を確認しなければ。破らないよう注意して開くと、流麗な文字が現れる。


『可愛いオルテンシアへ

 体調を崩したというが、大丈夫かい?

 季節の変わり目だからね。どうか無理せず養生しておくれ。

 わたしは毎日虹の絵を描いているよ。

 欲しいと言ってくれる奇特な人が何人も現れてね。これでは何日徹夜しても終わらない。

 まるで売れっ子画家になったようだ。でも、とても楽しいんだ。

 お前にも一枚同封する。どうか気が晴れますように。

 ラヴァンド』


(同封?)


 かごの中をあさって見ると、底に畳まれた白い紙が入っていた。

 広げてみて――息をのむ。

 右手前には青や紫のあじさいの群生、しっとりと濡れた葉にはカエルがちょこんと乗り、空を見上げている。その目線の先、紙面の左奥に虹が架かっていた。


「すごい……素晴らしいわ」


 七色の儚さ、風合いの優しさ、背景の綿密さ、どれも芸術作品である。

 まるで自然をそのまま切り取ったかのようだ。


「これはいっぱしの画家さんね」


 身内のひいき目ではなく、心の底から絶賛した。


(これほどまでに素晴らしい才能を発揮するなんて、さすがお兄さま)


 だからこそ、一度目の権力欲に溺れた姿がやはり妙だ。


(あれほどの豹変、魔が差したでは片づけられない気がするわ)


 なにか外部の力が働いていたのではないか。

 たとえば、オルテンシアが堕胎薬を盛られていたように。


「……っ!」


 その想像が、あまりに現実的で背筋が寒くなった。


(商人も毒殺されている。お兄さまも、なんらかの精神を操る薬を飲まされた、とか……?)


 可能性はある。

『薬』は重要なキーワードだった。


(これは……念頭において、慎重に調べなきゃ)


 震える手で、兄の手紙を畳みなおす。折り目に沿って戻しているつもりだったのに、カエルはいつのまにか、つぶれたイチゴのような形になってしまった。


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『後宮恋恋』

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