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40 変わり者

(あ……)


 刹那、身体の力が抜けて、かくんと膝が折れる。


「おい!」


 隣から大きな手が伸びてきて、支えられた。

 すぐに正気を取り戻したオルテンシアは、はっとして顔を上げる。


「ごめんなさい、平気よ。ただの立ちくらみ」


 朝からレオーネを探った上、リーリエまで探って気疲れした。さらに、雨に打たれて体力もだいぶ消耗していたのだった。

 オルテンシアは後宮入りする前まで、ほとんど外へ出ないような箱入りの姫君だったのだ。こんなふうに連日朝から晩まであくせく動くような生活は慣れていない。


(これまで気力で頑張ってきたけれど、さすがに今日は疲れたわ……)


 ただ、天敵のソールに弱みを見せたくなくて、気丈に顎を上げてうそぶいた。


「もう平気。ただ気が緩んだだけだから、放してちょうだい」


 支えの手を振り切り、一歩踏み出す。

 けれども足裏に力をこめたとたん、泥の上へ踏み出したような心地がして、また均衡を崩しそうになってしまった。


「お前、俺に『大丈夫?』などと訊いておきながら、自分が大丈夫じゃないだろうが」


 呆れたような声――と共に、ぐいっと左腕を引き上げられる。

 びっくりして振り向けば、ソールがオルテンシアの腕をその肩へ担ごうとしていた。


「ちょっと、なに……!?」

「じっとしろ。ろくに歩けないくせに」

「や、待って、痛いわ。引っ張らないで」

「くそっ、お前、背が低いな。肩を貸せやしない」


 オルテンシアは女性の中では平均よりやや身長が高いくらいなのに。ただ単にソールが大きいから、うまくその肩に腕を回せないだけだ。


(というか、なに? 手を貸してくれようとするの? 女のわたくしに?)


 驚きすぎて、疲れもなにもかも吹っ飛んでしまった。

 ふらふらと後退して、まじまじと彼の顔を見る。

 ソールもまた、訝しげにオルテンシアをじっと見ていた。


(今度はなに……?)


 彼の視線は、なぜかオルテンシアの顔ではなく、頭頂部を凝視している。


(?)


 首を傾げたところで、思いがけない指摘が降ってきた。


「お前、生え際が変だぞ」

「生え際……?」

「髪の色が変わっている。鮮やかに輝く晴天の空のような色だ」

「あっ」


 とっさに隠そうとして頭へ手をやる。

 直後、失敗したと思った。


(いくらでも知らんぷりしてはぐらかせたはずなのに)


 これでは、わざとそうしていたのを認めたも同然だった。

 失言の後で、今さら有能な彼を欺けるとは思えない。変に言い訳を重ねたって、きっと墓穴を掘るだけだ。

 ナランにさえ言っていなかった秘密だが、仕方なく白状する。


「髪を染めているせいよ。そういえば、あなたには見られていたわね。もとのスカイブルーの髪も」

「あれはカツラかなにかだったのかと」

「地毛よ。今は染めて暗くしているの」

「なぜだ。普通は逆ではないのか。その……女はごてごてと飾りたがるものだろう?」


「前にも言ったでしょう。わたくしは今、そういうのに興味がないの。目立ちたくないのよ」

「なにか妙な事情でも?」

「妙な事情って……。変な言い方しないで。はっきり言えばいいのかしら。国王陛下のお眼鏡にかないたくないのよ。わざと、お好みではない格好をしているの」


 ソールは目を見開いて、虚を突かれた様子でいる。


(まあ、普通はあり得ないわよね……)


 ややあって、ソールはしみじみと言う。


「ラヴァンドも変わり者だが、妹も相当だな」

「嫌味?」

「いや、褒めている」

「馬鹿おっしゃい」


 どこの世に『変わり者』と言われて喜ぶ人がいるのだ。

 なのに、どうしてだろう。


「……ふ」


 ソールが頑なな表情を緩め、ほんのりと笑みを刷いた。


「――っ!」


 それを見たオルテンシアは、怒りも呆れも忘れて、ただ息をのんでしまったのだった。


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

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『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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