36 情報交換
帰り道、いよいよ東の空が暗くなってきた。西の空は黄みのかかった緑に近い奇妙な色をしていて、どこか不吉さを感じる。
(こういう日は部屋に籠ってお茶でも飲みながら静かに過ごすのが一番だわ)
心なし早足になるが、こんなときに限って、東に折れ曲がった廊下の先でソールにばったりと出会ってしまう。
「オルテンシア=アクアか」
「あら、こんにちは。もしかしてキャメリア=フエゴの取り調べの帰りかしら」
「いかにも。お前はレオーネ=ルーチェのところへ行っていたな。ここで会ったが百年目。つき合ってもらうぞ」
ずうんと仁王立ちして居丈高に言ってくる。おそらく情報交換をしたいのだろうが、相変わらずの親しみにくさだ。オルテンシアは眉を下げる。
「果たし合いみたいな誘い方しないでよ。どこへ行くの?」
「その辺の庭でいい。女の部屋にずっといると頭が痛くなる。外の空気が吸いたい」
「ここからだと、すももの木がある中庭が近いわ」
「お前に任せる。物知りらしいからな」
最後のつけ加えは完全に嫌味だ。それでも、若干疲れているオルテンシアは突っ込む気が起こらず、さらりと聞き流す。
(お天気が持つといいけれど……)
ガラス戸を開け、渡り廊下に出る。ソールが自然と階段を下りて庭に立ったので、オルテンシアもそれに倣った。
すももの花はどんどん暗くなる天気に怖気づいたのか、すぼんで香りを閉ざしている。
ひと気がないのを確認してから、ソールが切り出した。
「キャメリア=フエゴは、事件の夜たしかに出歩いていたと供述した」
「理由も訊いた?」
「ああ。ミュゲ・ガーデンの近くで鍛錬を積んでいたらしい」
「……は?」
今、理解しがたい単語を聞いた気がするのだが。
しかし、ソールは至って真面目だ。面白げの欠片もない目をすももの木へやって言う。
「毎晩同じ時間に鍛錬を行っていると言っていた。入内当初は自分の部屋の近くでしていたが、あそこは中央付近で警備の者たちの往来がある。人目を避けるうち、ミュゲ・ガーデンに場所が定まったと。話にはかなりの整合性があり、残念ながら事実と受け止めざるを得ない」
「ちょっと待って。なにが整合性よ。おかしいにもほどがあるわ」
「どこがおかしい」
「女の子が鍛錬なんてするわけないでしょう!?」
「なぜだ。女兵士くらいいるだろうが」
「いるにはいるでしょうけれど……」
望んで後宮入りしてきた女性で、しかもキャメリアのような見目麗しく、所作も完璧に振る舞う女性の中の女性といった子が、髪を振り乱して鍛錬に励む姿などまったく想像ができない。
しかしながら、まったくもってなにがおかしいのかわからないという表情のソールを見て、オルテンシアは肩を落とした。
(だめだわ、この人に女の子がどういうものなのか、わかってもらえる気がしない)
「疑っているようだが、俺の観察眼を侮るな。女の言葉を鵜呑みにしたわけではない。キャメリア=フエゴには実際に鉄扇の舞を披露させ、この目で確認した」
「鉄扇……?」
そういえば。
彼女の部屋で積まれた本の題名を確認していたとき、隙間に妙な扇を見つけたのを思い出す。黒光りして大きくて重そうなあれは、武器として作られた鉄製の扇だったのかもしれない。
「あの扇、かなりの重さがあった。日々鍛錬を積まねば、軽々しく舞うなどできない」
「それはすごいわね……」
キャメリアの新たな一面を聞いて、驚くやら呆れるやらだ。
「それで。お前のほうはどうだった?」
「レオーネね。囚われの商人に会いに行こうとしたのはあっさりと認めたわ。隠そうともしないからびっくりしたけれど」
ソールは眉を吊り上げる。
「犯人だと自白したのか?」
「いいえ。お金儲につながるかもしれないと思っての行動だそうよ。でも、接触を図ろうにも見張りがいて断念したって」
ついでにレオーネの生家の困窮を伝える。
最後まで話を聞いてから、ソールは問いかけてくる。
「お前はその話を信じたのか?」
馬鹿にされたのかと思い、かちんとくる。オルテンシアはややむきになって言い返した。
「あっさり納得して帰ってきたわけではないわ。都合がよすぎるもの。ただ……」
「ただなんだ?」
「レオーネは嘘をついていないような気もしたわ。打算的で賢い子だったけれど、裏表がなさそうにも見えて……」




