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35 白状

「あの、オルテンシアさま? お茶は今度とおっしゃいましたが、ご持参いただいたそれはどういったお茶なのですか?」


 レオーネは、オルテンシアの持つ籠を指して控え目に問いかけてきた。


「ああ、これ? 虹茶というのよ」

「虹茶? 拝見しても?」

「ええ、どうぞ」


 レオーネは籠を受け取り、木箱の上に乗せる。被せてきたダスターをめくったとたん、歓声を上げた。


「まあ、お酒!」

「それはお茶に混ぜるのよ」

「混ぜてしまうのですか? もったいない」

(もったいない?)


 意外な反応に面食らう。


「あら、茶葉にお砂糖が混じっていませんか? 虹茶って本当にもったいないお茶なのですね」

(だから、もったいないって……)


 妙な心地になりながら、弁明する。


「でもね、お茶を淹れるときに虹が浮かぶのよ。素敵でしょう?」

「虹なんて見えてもお腹は膨れませんわ。お砂糖もお酒も、それぞれ別にいただいたほうがもったいなくないです」

「お腹が膨れるって……」


 唖然としてしまうオルテンシアに、レオーネはいっそう笑みを深めた。


「ごめんなさいね。さっきは話を少し盛りました。わたしの実家は事業に失敗して借金を負ったと言いましたが、実はわたしが生まれたときからもう貧乏だったのです。だから、わたしは幼い時からどうやったらお金を稼げるか、どうしたら節約できるかばかり考えていて……空なんか眺める余裕はなかったのです」


 くたびれた絹地の衣裳に、薄化粧、飾りはつけず、きっちりとまとめ上げた髪。ほとんど物のない殺風景な部屋。


(そうか、わたくし……相当恵まれていたのね)


 当たり前のごとく高価な品に囲まれ、望めばなんでも手に入る境遇だった自分には、想像もつかない世界だった。

 偏った価値観の中で生きてきた自分を少し恥ずかしく思う。


「こちらこそごめんなさい。思い至らず、失礼だったわ」

「とんでもない。オルテンシアさまが謝罪なさることはありません。これは単なるわたしの事情ですから」


 レオーネは表裏のなさそうな瞳でじっと見つめてくる。


「こんなわたしですが、今後も呆れずどうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそよろしくね」

「ところでオルテンシアさま。わざわざ足をお運びくださったのは、こんなつまらない話を聞きにきたわけではありませんわよね?」


 ずばり尋ねられて、オルテンシアも腹をくくる。

 彼女は賢い。ただ単にこちらが親交を深めたくて来たとは端から思っていないのだった。


(はっきりと訊いてみてもいいかも)


 この流れで、含みを持たせた回りくどい話をするより、本題を切り出したほうがよさそうだ。


「実はね、訊きたいことがあったの」

「なんなりとお尋ねくださいませ」

「あなた、消灯後に西の庭を歩いていたことはない?」


 反応を寸分も見逃すまいと、じっと見つめながら問いかける。レオーネはわずかに瞳を見開いた。


(あるのね)


 確信したところで、あっけらかんとした答えが返ってくる。


「その件でしたのね。ええ、出歩きましたわ。ミュゲ・ガーデンに向かったのです」

「っ!」


 まさか自白を始めるとは思っておらず、衝撃に目を見開いた。

 だが、彼女は首を緩く横へ振って、ため息をこぼした。


「わたし、もともと商家の生まれでしょう? 少しばかり耳が速いんです。どうも、後宮で泥棒を働いた商人が捕まったとか。もしやこれは……一攫千金のチャンスかと」

「え、一攫千金? チャンス……?」

「先ほども言いましたでしょう。わたしの実家は借金で首が回らない状態なんです。ですから、その商人が儲け話でも持っているのなら乗っかりたいと思ったわけです」


 堂々と言い切る彼女は、嘘をついたりなにかを隠したりしているようには見えない。だが、はいそうですかとうなずけるわけもない。


「信じられないわ。罪人と縁なんか持ったら、あなたも共犯を疑われるのよ」

「今思えば危険な橋だったかもしれませんね。ですが、会えなかったのです。見張りがいたので諦めて戻りました」

「本当なの? どこからどこまで信じていいのかわからないわ」

「つまりオルテンシアさまは、わたしが泥棒の仲間かと疑ってここへいらっしゃったのですね?」


 厳密には『泥棒』ではない。そこはかん口令が敷かれているので後宮には伝わっていないのだろう。だが、レオーネも単純になにも知らないだけか、わざと知らないふりをしているのは不明だ。


「……あなたが泥棒だなんて思っていないわ。ただ、この部屋が一番ミュゲ・ガーデンに近いから訊いてみたかったのよ」

「なるほど。疑わしい振る舞いをして申し訳ございませんでした。ですが残念ながら、わたしは嘘をついていません。隅々までお調べくださって大丈夫ですよ」


 身の潔白を示すように、彼女は大きく両手を広げる。


「もともとこの部屋にはなんにもございませんし?」


 これ以上どう話を続けていいかわからなってきた。オルテンシアはここらで退散を決める。


「今日のところは帰るわ。また話を聞かせてもらうかも」

「どうぞ、なんでもお答えいたしますよ。ではまた、お待ちしております」


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

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『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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