34 身の上
レオーネの部屋は、驚くほど殺風景だった。
室内には、飾りという飾りが一つもない。正面の壁に据えられたチェストは空。さらに、備えつけの家具としてタンスやドレッサー、パーテーションなどがもともとあったはずなのに、そういった移動できる家具類が一個も見当たらない。
窓にかかるレースのカーテンすらない。たいていの部屋には敷いてある絨毯もなく、冷たい床が丸出しだった。
がらんどうの中、部屋の片隅に古びた真四角の木箱がひとつだけ置かれている。
(信じられない。ドレスは? 生活用品は? まさかあの箱に全部入っているのではないでしょうね?)
暮らしぶりがまったくわからない。
オルテンシアの驚愕ぶりを見て思うところがあったのか、彼女は照れ笑いを浮かべる。
「なにもない部屋で申し訳ございません。今、座るものをご用意しますから」
言って、レオーネは例の木箱を持ち上げる。
(それに座れと!?)
重そうだし、蓋つきで持ちにくそうだし、普段は絶対に椅子として使っていないのが丸わかりである。
「このままで結構よ。お構いなく」
申し訳なくなって止める。これは、とてもお茶どころではない。
「突然押しかけて悪かったわ。お茶はまたにして、少しだけお話しましょう」
「いいえ、とんでもございません。オルテンシアさまとお近づきになりたいと願っておりましたから、嬉しいのです」
両手を合わせて右頬に当て、とびきりの笑顔を向けてくれる。
「それは……ありがとう」
「立ち話もなんですから、座りましょう。寝台でもよろしいでしょうか?」
「さすがに遠慮するわ。ところで、この部屋はいったいどうしたの?」
泥棒でも入って根こそぎ奪われたのではないかと疑いたくなる。
「お見苦しくて申し訳ございません。少々実家が物入りで……」
「ご実家が?」
「はい。城下で資材屋を営んでおります」
エルブレフ王国からグラキス王国への代替わりで都が移されたとき、城下では建設業が盛んになった。そのときいくつもの資材屋が競うように店を広げ、どこも巨万の富を築き上げたという。だが、建国80年を迎えてすっかり建築熱は下火となった現在、経営が苦しいのは理解できた。
(とはいっても、後宮の備品を売って実家を援助? やりすぎだわ)
これでは自分の生活に支障が出るだろう。
よく見ると、彼女のまとう服は光沢が美しい上質の絹ではあるが、ところどころ現れる生地の皺に年季が入っている。それでも、鮮やかな黄色の髪が映えるペールイエローのドレスは品がよく、違和感はまったくない。
一度目の人生で彼女が控え目で大人びた女性に見えたのは、ありあわせのドレスでもセンス良く着こなす上品さの賜物だったのかもしれない。
レオーネは続けて語る。
「近頃では事業がうまくいかず、父は起死回生の手立てで水運業に手を出しかけたのですが、早々に失敗してしまって」
後には山ほどの借金が残ってしまったのだと、彼女は眉をひそめる。
「それなら、後宮へ来る支度はたいへんだったでしょう」
「ええ。両親は最後の頼みの綱として、わたしの入内にすべてをかけました。借金に借金を重ねて送り出してくれたのです」
「責任重大ね」
「はい。ですからどうぞお手柔らかに」
レオーネにはレオーネなりの、後宮の頂点を目指す理由があるのだった。
(でも、寵姫に堕胎薬を飲ませるほどとは思えないけれど……)
後宮でそれなりにまとまった財産を築きたいのだとしても、一の妃になる必要はない。ほどほどの地位についたほうが賢いだろう。
(それに、商家出身の彼女が、同じ商人を無慈悲に殺すというのも……なんだか)
やはり、彼女が犯人だと決定づける強い動機が見つからない。
もう少し会話を重ねて探ってみる必要がある。
「今度また改めてお茶をしましょう。そのときは事前にこちらが準備するわ。絨毯と、折りたたみ用のテーブルがあればいいかしら」
「まあ、いただいてもよろしいのですか? ありがたいです」
「え? ああ……、いいわよ。では、早いうちに届けさせるわね」
あげるとは言っていないはずだが、押し切られてうなずいてしまう。
「本当に助かります。さすが名家のご令嬢ですわね。オルテンシアさまは慈悲深くていらっしゃる。まるで聖女。敬服いたしますわ」
嫌味なく大げさに褒められる。ナランであれば顎を反らして喜びそうだが、オルテンシアはなんだか鼻白んだ。
(案外、打算的な性格?)
単なる図々しさと受け取られない絶妙な押し方に、計算高さが垣間見えた。
(どこが控え目なレオーネ妃よ……)
かつての自分の観察眼はまるで節穴だった。
今後は心して、相手の人となりを見極めていかねばならない。




