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33 レオーネ=ルーチェ

 少し興奮が残っていたのか、オルテンシアはその夜あまりよく眠れなかった。


 浅い眠りの中で、自分が処刑された日の夢を見る。

 ぼろをまとう囚人のオルテンシアへ、下卑たまなざしを送ることで優越感を誇示する反乱軍の兵士たち。処刑台の下に群がる群衆は、憎しみに血走った眼を見開き、口々にののしってくる。


『あいつがこの国を滅ぼした!』

(違う)


 オルテンシアは声にならない声で返した。

 たしかに自分は贅沢三昧をしてきた悪女だ。責任はある。

 だが、もしかしたら誰かが意図的に滅亡へと導いたのかもしれない。


『殺せ!』


 だが、無情にも斬首の刃が放たれた。

 不吉なほど灰色に染まっていた空が、東から墨をこぼしたように黒く染まりあがり、豪雨となった。冷たい突風が雷雲を運んできて、稲妻が天を切り裂く。

 雷鳴が地を轟かし、大地は業火に包まれた。


(燃える! 燃えてしまう、全部)


 この場にいないはずのオルテンシアにまで、炎は襲い掛かってくる。


(熱い!)


 思わず両腕を交差させて顔を庇った。そこへ、頭上から涼やかでさわやかな光と雫が降ってくる。


『オルテンシア、起きるにゃ!』


(あ……夢)


 うすぼんやりとまぶたを開ける。

 そこには、心配そうにのぞき込んでくるウニャがいた。


『燃える燃えるって、うなされていたにゃ。火事の夢にゃ?』

(そうよ、夢。もう二度とあんな目には遭わないのだから)


 きりりと眉を吊り上げる。


「大丈夫よ。起きたら忘れちゃったわ」


 起き上がり、カーテンを引く。

 朝日が、やけに赤い。一瞬で部屋の中が燃えるように赤く染まった。あんな夢を見た後だったから、心臓に悪い。


「……すごい朝焼けね」

『オルテンシア、もしや疲れているにゃ?』

「大丈夫ったら。でも、少しだけ朝のモフが必要かも……」


 白いふかふかの胸に顔をうずめて深呼吸する。朝のパワーチャージ完了だ。

 今日も地味めのドレスに身を包み、朝の支度をととのえる。黄色髪のレオーネ妃と交流を持ち、彼女を探りにいかなくては。


(また同じ手というのも、我ながら芸がないけれど……)


 キャメリアに振る舞ったのと同様の創作『虹茶』の準備をして、レオーネのもとへ押しかけることにする。


「部屋に一人でいるといいのだけれど」


 彼女は如才なく周囲と交流を深めているだろうから、一人の隙を狙うなら日中よりも今のような朝早くのほうがいい気がした。


 廊下を進んでいるうちに、窓から見える朝焼け空は、さらにえぐみを増して紅蓮色に染まっていた。東のほうには筋雲がびっしりと浮かんでいる。


「おはようございます、レオーネさま。いらっしゃる?」


 部屋の戸を叩くと、すぐに反応があった。


「はい、ただいま……」


 扉が開き、菜の花に似た黄色の髪を後頭部できっちりとまとめ、長くて美しい首筋をさらしたレオーネ=ルーチェが現れる。

 やや吊り上がり気味の目じりにほんのりと紅を差し、形のいい眉を引き立てている。もともと背が高いのだが、姿勢がよくていっそう佇まいは凜として見えた。


 オルテンシアより三つ年上の彼女は、城下の商家出身だとか。だが、幼い頃から英才教育を受けてきたのだろうと伺える品のよさと貫禄がある。


「あら? ええと……オルテンシア=アクアさま?」

「!」


 目立たないように気をつけている自分を、彼女は一目で言い当てた。

 上昇志向の高いキャメリアでさえオルテンシアのことは眼中になかったのに。


(驚いたわ。意外と周囲を見ている人なのかも)


 気を引き締めて相対する。


「ええ、オルテンシアですわ。ごきげんよう、レオーネさま。今朝は空がすごいわね」

「空?」

「ほら見て。燃えるように真っ赤だわ」

「え、ええ……? そうですね? それより、わたしになにかご用でしょうか」

「用というほどではないのだけれど、もし時間があれば少し話をしてみたいと思って、お茶を持ってきたの」


 すると、レオーネは心の底から嬉しそうに破顔する。


「是非とも! わざわざお運びくださり、ありがとうございます。さあ、どうぞお入りくださいな」

(え? ずいぶん友好的ね)


 初対面から突っかかってきたキャメリアとは正反対だ。さすが敵を作らないレオーネ妃。


「ありがとう。お邪魔するわね」


 歓迎の心を精一杯表して大きく開かれた戸をくぐる。後宮の対角線上にあるオルテンシアの部屋とここは広さや造りがほとんど同じはずだった。

 だが……。


(え、どうしたのこの部屋)


 驚きのあまり、オルテンシアは茫然としてしまったのだった。


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『後宮恋恋』

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