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32 実験

「近くにしゃがんでちょうだい」


 半信半疑といった体で、ソールが大きな体を屈める。それを見届けてから、オルテンシアはじょうろを勢いよく傾けた。

 ランプの灯りの近くで冷たい水が弧を描いて流れ、地面にぶつかって弾ける。


「いったいなにを始めた……?」

「えいっ」


 ぽかんとしている彼の目を盗み、地面すれすれに虹を架ける。


「ここを見て。虹ができているでしょう。色をよく見て」

「は?」

「虹よ、虹。すぐに消えちゃうから、早く見て」


 実験とは、暗闇で虹を作ってみせて、その色を確認することだった。

 本当はじょうろの水くらいで虹などできないのだが、堂々と虹乙女の力を見せつけるわけにはいかないため苦しい演技をしている。


「馬鹿も休み休み言え。虹など出るはずが……」


 当然、ソールは相手にもしたくないとばかり鼻を鳴らした。けれども、オルテンシアは重い声で言いつのる。


「お馬鹿さんには見えないの? 虹の色を見て確認してと言っているでしょう」

「なんだと?」

「いいから見て! この虹が、ちゃんと七色に見えるかって聞いているのよ」


 あっという間にじょうろの水は尽きてしまう。


(もう。ちゃんと見たの?)


 不安になって、ソールを振り仰ぐ。彼は眉間に深い皺を寄せて、今見たものがまだ理解できないような表情をしていた。


「虹……? たしかによくわからん三色くらいのプラズマが見えた気がしたが」

「そうよ、それが虹だったの。三色って言ったわね。具体的には何色だった?」


 彼は顎に手を当てながら、ぼそぼそと言う。


「オレンジ、緑、……青、か?」


 そこまで言って、はっと息をのむ。


(気づいたわね)


 思惑どおりに策が成ったのを感じ、オルテンシアは胸を撫でおろした。


「虹は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色よね」

「そうだ」

「でも、中ほどの三色しか見えなかった。藍色や紫色はもともと黒に近いから、よく見えなかったのよ」


 そして、人差し指を一本立てて問いかける。


「またまたクイズです。目立つはずの赤色はどこへ行ったと思う?」


 ソールはオルテンシアの聞き方にいらつきを募らせたようだ。声に険が混じる。


「知らん。はっきりと言え」

「仕方ないから答えを言うわ。不思議なことに、昼間は目立つ赤は、闇では溶けてしまう色なのよ。夜は赤もオレンジ色もほとんど目立たないの」

「……っ!」


 ソールは衝撃に息をのむ。だが、あっさりとオルテンシアに屈服するのは納得できないようで、はっと気づいたように反論してくる。


「いや、オレンジ色は見えた」


 オルテンシアはすかさずそれを、ばっさりと否定した。


「それは黄色です。このランプの赤みが映ってオレンジ色に見えただけ」

「……」

「たしか北の庭に菜の花が咲いていたわ。黄色の花に、ランプの光を当ててみる? きっとオレンジ色に見えるわよ」


 わざとらしく灯を掲げてみせる。


「いや、いい。もうわかった」


 ソールはかすれ声を出すと、髪をかき混ぜた。


「なんて……ことだ」


 実際目で見たものを否定するわけにはいかないのだろう。大嫌いな女性に言い負かされて、悔しいのもあるのに違いない。

 対して、オルテンシアは頭の中で抱いていた違和感がはっきりと目に見え、すっきりする。


「目撃されたのは黄色の髪の子だったのよ。オレンジ色の髪と違って、黄色は妃候補者に何人かいるわ。でも……、庭つき一人部屋の子で黄色は一人だけ」


 レオーネ=ルーチェ。

 ちょうどミュゲ・ガーデンに最も近い北西の角部屋に住んでいる。


(敵を作らない控え目なレオーネ妃は、疑わしさから一番遠い子だと思っていたけれど……)


 意外な人物である分、謎も多いのだった。

 表立ってオルテンシアに挑み続けてきたキャメリアとは違い、彼女とは大した交流がなかった。つまり、よく知らないのだ。


(なにか秘密を抱えているからこそ、控えめに振る舞っていた可能性もあるわ)


 こうなると、すべてが疑わしく思えてきてしまう。


「……明日になったら、またお茶会でもして探ってみることにするわ」


 ソールは驚いたように顔をはねあげた。


「いや、俺が探る」

「だめよ。あなたはすぐ頭にきて相手を捕えようとするじゃないの」


 さすがにぐうの音も出ず、ソールは黙る。


「ねえ、探るのはキャメリア=フエゴにしたら? 直接犯人とつながりがあるとは思えないけれど、犯人を目撃できる時間に外にいたのは不思議よ」

「そうだな。そうするか」


 再びオルテンシアに言いくるめられて不満げだが、さきほどの敗北感を引きずっているせいか彼は承諾してくれた。


「ではまた明日、報告しあいましょう」

「待て」


 去りかけると、慌てた体でソールがドレスの袖を摑んでくる。びっくりして振り返った。


「なに? 女性にさわれないのではなかったの?」

「さわれないわけじゃない。さわられたくないだけだ」


 同じではないのかと首を傾げるオルテンシアに、彼は真面目な面持ちをぶつけてくる。


「なぜ知っていた? 暗闇に赤やオレンジ色が溶けることを」

「そんなの簡単よ。夜会で赤は埋もれてしまうの」

「は?」

「夜に外で開かれるパーティーはたくさんあるわ。後宮に百人いる女性の中で一番になるため、目立つには闇に溶けない青い色のドレスを着るのよ」


 スカイブルーの髪色も、闇に映える色だった。夜会の席でオルテンシアは、誰よりも華やかに輝く女王だった。

 思い出すと、なんとも遠い過去な気がしてくる。


「お前、陛下の寵を競うつもりはないと言っていたが、本当は――」

「勘違いしないで、たとえ話よ。今のわたくしならきっと、赤茶色のドレスで参上するでしょうね」


 決して目立たないように。


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