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31 捕縛

 ようやくナランの部屋へたどり着いたときには、室内は騒然としていた。


 集まっていた取り巻きの女の子たちは恐怖に目を見開いて壁際に張りついている。衝撃で棚から落ちたのか、ガラスの花瓶が割れて花が落ち、欠片がキラキラと散っていた。


 部屋の中央では、ソールが胸を反らして立ち、その手には、後ろ手に縛られたナランが縄でつながれていた。彼女の夕焼け色の髪はぼさぼさに乱れ、顔は涙でぐちゃぐちゃになり、精気を失ってうなだれている。抵抗したものの虚しく囚われたといった雰囲気だった。


「ソール=ヴェント! やめなさい、後宮でこれ以上の暴挙は許さないわ」


 オルテンシアは太腿に両手をつき、ぜいぜいと肩を上下させながら叫ぶ。もっと威厳のある命令をしたかったが、全速力で走ってきたあとではなかなか難しかった。


「俺は仕事をしているだけだ。お前の許しは必要ない」

「その子は犯人ではないわ」

「目撃証言が二件もある。第一、その一件はお前が伝えたのだろう」


 必死に荒ぶる息をなだめたオルテンシアは、大きく唾をのみこんでまっすぐ立った。正面から強いまなざしでソールを見据える。


「言ったわよ、『くすんだオレンジ色』だって。でも、あなたが捕まえている子の髪色は?」

「は? くすんだオレンジ色だろうが」

「全然違うわ。ナランの髪は、オレンジはオレンジでも、綺麗な夕焼け空と似た鮮やかなオレンジ色よ」


 項垂れていたナランがはっと顔を上げる。


「オルテンシアさま……」


 つかつかと歩み寄って、ソールの手にふれてやった。彼は先ほど袖を摑まれたときと同様、大袈裟にその手を引っ込めた。


「だからさわるなと!」

「こっちの台詞よ」


 その隙に、オルテンシアは身体を割り込ませてナランを背に庇う。


「さて、ソール=ヴェント。クイズよ」


 挑発的な瞳で見つめ、オルテンシアは自分の髪を指さす。


「あなたにはわたくしの髪が何色に見える?」

「ふざけるな。お前と雑談している場合ではない」

「黒? 青? それとも、空色にでも見えるかしら?」

「どれも全然違うだろうが」

「そうよ。全然違うの。でも、暗闇で見たら、全部同じに見えるかもね」

「……!」


 目を見開いたソールは、唇を半分開いて、再び閉ざした。悔しげに歯を食いしばる。

 どうやらオルテンシアの指摘に、不本意ながら納得したようだった。


「……なるほど。暗闇で見た『くすんだオレンジ色』は違う色かもしれないというわけか」

「その通り。だから、今夜同じ場所あたりを歩いて検証してみるべきよ」


 こうして、ナランはいったん解放される運びとなった。

 そして夜再び、オルテンシアはソールと西の庭で落ち合う流れになる。




 消灯後の後宮は、しっとりとした闇の帳に覆われていた。

 普段は見渡せるほど広い西の庭では、周囲に並ぶ高い木々は鬱蒼と茂って見え、どこか森の中へ迷い込んだ心地がした。

 それでも、どこかで咲いているナイトジャスミンの香りが静かに立ち込めているのに安心する。


 オルテンシアは持参してきた陶器製のじょうろを地面に置き、ランプを掲げた。


(後宮の建物は、消灯を過ぎてもだいぶ明るいわね)


 部屋の窓から見える灯りは消えていても、まだ起きている者がいるらしく小さなランプが発する赤い糸のような光がところどころ漏れ出しているし、廊下では警護役の宦官が見回りをしていて揺れる灯りが移動している。


(やっぱり、この時間にランプを持って外をうろうろしていたら人目につくわよね)


 複数の目撃証言が上がった『オレンジ色の髪の女』は、犯人であるならば浅はかすぎる。

 やがて、砂利を踏みしめる音が近づいてきた。


(ソールだわ)


 彼は灯りを持たず闇を縫って来たため、その姿はよく見えない。オルテンシアはランプを地面に置いて、闇に目を凝らした。


「おい」


 聞こえてきた低音は、明らかにソールのものだった。追って、ようやく姿かたちが見えてくる。


「女が一人で出歩くとはどういう了見だ。なぜ宦官の一人でも連れてこない」


 月光を照らして銀色に輝く瞳が、狼のごとくこちらをにらんでくる。


「女、女ってそればっかりね。わたくしのことは気にしないで」


 それより、とじょうろを持ち上げる。水をたっぷり入れてきたので、反動でぽちゃぽちゃと水滴が散った。


「なんだそれは」


 あからさまに奇異なものを見る目を向けてくるソールに、オルテンシアは苦笑いを嚙みころす。


「実験道具よ」

「は? 実験? なんのだ」

「まあ、見ていて。あなたは回りくどいことが嫌いでしょうから、説明よりも先に実践して見せるわ」


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

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