30 証言
オルテンシアの部屋から見える庭には、真珠のように白い菊が今を盛りと咲き乱れている。そこへ、今やすっかり葉になった散り残りの桜の花びらが飛んできて、薄ピンク色のまだら模様を作っていた。
自然の織りなす美しい絨毯を眺めながらゆっくりと朝食をとり、これまた時間をかけて食後の紅茶を飲む。そのままぼんやりとしていれば、来客が訪れた。
緑色の頭に相変わらず機嫌の悪そうな表情を貼り付けた姿を見て、オルテンシアはげんなりする。
「ソール=ヴェント……」
「話がある」
挨拶もせず切り出されて困惑するも、昨日の今日だ。おそらく商人殺害の件でなにか進展があったのに違いない。
顎をしゃくって部屋の中へ入れろと促してくる居丈高な態度にかちんとくるも、仕方なく従う。きっと廊下で話せない内容なのだろう。
ソールは戸を閉ざした瞬間、性急に話し始めた。
「犯人につながる証言が取れたぞ」
「証言……ということは、聞き込みがうまくいったの?」
「ああそうだ。西の庭に面した部屋の者に事情を訊いたところ、四人部屋に住む女の一人が、消灯後まもなく庭を歩いている誰かを見かけたと言った」
庭付きではない大部屋の明り取りの窓から、怪しい人物が見えたのだという。
思わずふうんと聞き流すところだったが、オルテンシアははたと疑問に気づく。
「待って。明り取りの窓って壁の上の方についているものよね? そこからわざわざ外を眺めていたのはおかしくない?」
「おかしくはない。その女は二段ベッドの上にいて、そこから見えたと言っていたからな」
なるほど、それで消灯後まもなくの目撃となったのか。
しかし、それはそれでまたおかしい。
「外は暗闇なのに、よく見えたわね」
「犯人はランプを持っていたらしい」
「え? 本当に!?」
普通なら人目を忍んで、暗闇を歩かないだろうか。その上、まだ人々が起きているだろう消灯後まもなくに行動するというのも、どうも変だ。
ソールは呆れた面持ちで両手を開く。
「どうせ浅はかな女の計画だ。そんなものだろう」
「あなたはすぐそれね。あんまり思い込みに囚われていると、大切なことを見失うわよ」
徹底して女嫌いを貫く態度はいっそ清々しいが、ちくりと言ってやる。それでも、ソールはなんのそのだ。
まったく気にせず断言してくる。
「犯人はやはりあいつだった。ナラン=ソンブラ。歩いていた女はオレンジ色の長い髪をしていたらしい。後宮に同じ髪色の女はほかにいない」
「それ!」
酔ったキャメリアからも聞いた。『くすんだオレンジ色の長い髪』を見たと。
「どうした」
「実はね、昨日キャメリア=フエゴを探っていて、似たような証言を得たのよ。もちろん、彼女が嘘をついている可能性も否めないけれど」
「なぜそれを早く言わない! 同時期にまったく別の女から得た証言が一致したということか? ならば、犯人はなおいっそうナラン=ソンブラで間違いないだろう」
彼は素早く踵を返す。
部屋を出ようとするのを、オルテンシアは慌てて遮った。
「待って、どうするつもり?」
思わず袖を摑んでしまったのを、ソールは大げさなほど身を引いて振り払ってくる。
「さわるな!」
「きゃっ、乱暴しないでよ」
そこまで毛嫌いされると、汚いもの扱いされたみたいで腹が立つ。こちらも声を張り上げた。
「さわりたくてさわったわけではないわ。むしろさわりたくないから、自主的に止まりなさいよ」
「なんだと? 無礼なやつだな」
「お互いさまね。それより、ナランをどうするつもりなの?」
彼は大きく肩で息をつく。
「縛り上げて追及する。甘えた貴族の娘だ、簡単に吐くだろう」
投げやりに言うや、今度こそ背を向けた。足早に去っていく。
「待って、だめよ!」
慌てて追うも、大柄な彼は足も速く、廊下の向こうに見える背中がとうに小さくなっている。
(ああもう!)
オルテンシアはドレスを摘まんで走った。王家に連なる高貴な姫君の自分が、廊下を全力疾走させられるだなんて!
(覚えていなさい、ソール=ヴェント)
ナランの部屋が、これまたオルテンシアと正反対側の角部屋にあるのだ。遠い。遠すぎる。
息が上がった。心なし、血の味もするような。
膝もがくがくして、もし小石でも落ちていればつまずいて、転んだまま起きられなくなりそうだった。




