29 饒舌
「おいしい」
我ながら、いい塩梅のブレンドができた。
(さすがわたくし。なにをやらせても天才だから)
こっそりと胸を張ったのは内緒だ。
キャメリアはおそるおそるカップを嗅いでから、ほんの少し茶を舐めた。そして、小さくうなずくと、次は一口含んで口中で転がす。
「どう? おいしく飲めたかしら?」
尋ねれば、彼女は心地のいい嚥下音を立て、素直にうなずく。
「頭がふわっとする感じ……」
「それはもしかして、酔いかもしれないわね。今さらだけれど、お酒は大丈夫?」
「へーきよ、ばかにしないでよー」
やや調子はずれの明るい声が返ってきて、ぎょっとする。
(嘘。あんなに少量で酔ったの? 弱い?)
言葉に乗せると「違う」と否定されそうなので、慎重に観察する。
顔色や表情に変化はない。だが、一気にカップを傾けて豪快に飲む姿は、明らかにこれまでの警戒心あふれた様子とは違っていた。
顔には出ない気質なのかもしれない。
(酔いが回っているなら、話しやすくなるかも)
まずは答えやすい質問から投げかけてみる。
「キャメリアさま、普段はなにをして過ごすのが多いの?」
「だいたい、だれかがあそびにくるわね……たまにはひとりですごしたいってとき、さっきのなかにわで、はなみをするのよ」
「お花見、いいわね。北の庭の菜の花畑はご覧になって?」
「なのはなぁ? そんなの、どてにいくらでもさいているわ。らんとか、ゆりとか、そういうのがみたいのよ」
警戒心がいい具合にほどけたらしく、饒舌だ。
「好きな花を庭に植えてみたらいかが? ずいぶん広いでしょう?」
「ひろいわよぅ。でも、にわといえば……どろぼうでもはいったのかしら? あさからずいぶんさわがしかったけれど」
「っ」
突如として、キャメリアのほうから事件に関する話を振ってきた。オルテンシアはにわかに緊張しながら、平然を装う。
「本当、騒がしかったわね。西のほうでしょう?」
「そーそー」
「物騒だわ。今夜は戸締まりに気をつけなくてはね」
すると、キャメリアは人差し指を立てる。自らの唇へ当て、幼子が内緒話をするような顔つきになった。
「じつはわたし、みたのよね。はんにん」
「え!」
大きく肩をはね上げてしまってから、オルテンシアは慌てて息をつく。
(おかしな反応をしたらいけないわ。あくまで、まったく知らないふりをしなくちゃ)
鼓動が大きくなる胸をぎゅっと押さえて、声をひそめる。
「いやだ、怖いこと言わないで。後宮に男性がいたなんて、夜眠れなくなってしまうわ」
「ちがうわよ、はんにんはおんな」
「女……?」
「くすんだおれんじいろのながいかみを、たらしていたもの」
(オレンジ色の髪)
妃候補の中で該当するのは、ナランしかいない。
(では、犯人はやはりナランだったの……?)
余計なことを話される前に商人を殺す――、彼女には明らかなる動機がある。
さすがに余裕をなくしたオルテンシアは、ずばり核心を突く。
「それは本当? 犯人を見たってことは、あなたは夜に外にいたの? ここからミュゲ・ガーデンは見えないのに」
とたん、彼女はひゅっと喉を鳴らす。
飲みかけていた茶を詰まらせたようで、激しく咳き込みはじめた。
「っ、げほっ、……っ!」
「大丈夫?」
「ぜん、ぜん……っ、げほ! だいじょうぶじゃない、わ……っ」
涙目になって胸をどんどんと叩く彼女は、明らかに動揺している。
(なにかを隠しているのは間違いないわ)
やはり一番怪しいと最初に踏んだとおり、キャメリアが犯人で、罪をナランになすりつけようとしているのかもしれない。
(だけど……、なにかが引っ掛かる)
相変わらずむせ続けているのは、話題をごまかすためというより、酔っているせいではないか。
腑に落ちないものを抱えながら彼女を介抱し、頃合いをみてオルテンシアは辞去したのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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