28 虹茶
オルテンシアが茶葉を用意する代わり、キャメリアが茶器や湯を支度して部屋で待つ、と約束をして、いったん別れた。
部屋に呼ぶことを一度は渋ったキャメリアだったが、
「わたくしが全部準備をしてわたくしの部屋でお茶会をしたら、本当に毒を盛るかもしれなくてよ?」
と冗談めかして脅せば、それもそうだとキャメリアの部屋での茶会を承諾してくれた。
(さて、虹茶の準備を)
完全なる創作の茶なので、誰も知らないブレンドを作っていく必要がある。
(あまり馴染みのない燻製茶葉を甘くしてみようかしら)
完全発酵させた上に燻製して渋みとコクを増した独特の重さを持つ茶葉に、粉砂糖をまぶしてみた。白と黒のコントラストが美しい。
(あとは果実酒)
華やかな香りづけにプラスするつもりで、小瓶を用意する。
肝心の『虹』の演出は――カップに茶を注ぐとき、虹乙女の力を使って表面に小さなものを浮かべるつもりだ。
準備を整えて、いざ、キャメリアの部屋へ乗り込む。
「お邪魔するわね」
「どうぞ」
初めて入室するキャメリアの部屋は、南向きに開き、東西に長い造りをしていた。おそらく寝室がある東側は戸で仕切られており見えない。部屋の西側には大きなタンスが二つ並んでいる。北側の壁には木目の美しい木棚が据えられ、棚には本が縦置き横置き様々に詰まっている。
(意外。時計とか、お皿とか、ジュエリーとかを飾るものなのに)
興味を引かれ、口に出してみる。
「本が好きなの?」
キャメリアは、部屋の中央に据えたテーブルをダスターで拭きながらぞんざいに答える。
「別に好きというほどでもないわ。教養の範囲内よ」
「教養というと、古典文学とか?」
「哲学、数学、化学、天文学、いろいろよ」
「あら、かしこいのね」
単純に褒めたつもりだったのだが、キャメリアはまなじりをきつくする。
「馬鹿にしないで」
「ごめんなさい、悪気はなかったわ。女の子がそういう固い本を読むのって珍しいと思って」
彼女がどんな書物を好んでいるのか、これも重要な調査の一環だ。
(毒に関する本とかあるかもしれないもの)
今回の事件につながる可能性を求め、書籍のタイトルをざっと確認する。一番手前にあるよく読まれていそうなものは――、
『これでモテモテ★トレンドファッション』
ついでに隣のものは、
『世界が変わる! 素敵なメイクレッスン』
ほかにも、男性からモテるためのあらゆる知識がかかれた本がたくさんあった。
(もしかして、一の妃になるために日々研鑽しているとか?)
誰より華やかで美しい彼女だが、その美を保つために努力をしているのが垣間見え、純粋に胸を打たれた。
(ほら、わたくしの美しさは天賦のものだったから)
オルテンシアは生まれつきのお姫さまであり、特に頑張って磨かずとも輝いてしまう美貌の持ち主であり、必死で勉強したわけでなくともそれなりに頭はよかった。
だから、こうやって目的に向かって一生懸命な姿には、感銘を受けずにいられない。
(いつも正々堂々と突っかかってきたから、自信満々な子なのだと思っていたけれど……見なおしたわ)
努力に裏打ちされた自信の鎧を着て、彼女は必死に戦っていたのだ。
そんなキャメリアが、こそこそとライバルに堕胎薬を盛るとは……どうも考えにくい。
「じろじろ見ないでよ。ほら、お茶にしましょう」
「そうね」
振り向く寸前、視界の端になにかを拾った。
(あれは……扇子?)
本と本とのあいだに、黒い柄が突っ込まれている。
(不思議な形ね)
扇子といえば、親骨には白檀などの香木を用い、繊細な装飾を施すものだ。しかしそれは、黒光りして表面がつるつるしていた。その上、女性ものにしては大きい気がする。畳んであるのにそう感じるのだから、開いてみたらかなりの大きさになるだろう。
手を伸ばしてみたいが――さすがに憚られた。
後ろ髪引かれつつ、促されるままキャメリアと向き合って座る。
「オルテンシアさま、淹れてくれるんでしょう?」
「ええ、もちろんよ。うまくできるといいのだけれど」
普通の手順通りに準備して、カップへ注ぐ瞬間「えいっ」と小さな虹を架ける。
まるで茶の表面から虹が浮き上がってきたように見せ、わざとらしく声を上げた。
「できたわ! 虹が浮かんだ」
キャメリアはがたんと立ちあがって目を見開く。
「え、待って? 虹? 嘘、ちゃんと見せて」
興奮気味に伸ばした手がカップを揺らすと、小さな虹はふわっと空気に溶けて消える。
「あ! 消えちゃった」
「一瞬だったわね。でも、無事に淹れられてよかったわ」
「どういう仕組みなの!? ちょっとわたしにもやらせて」
こぼした茶を拭いもせず、キャメリアは半ば奪うようにティーポットを取った。少し寄り目になりながら、丁寧に茶を注ぐ。
「虹、できないわ。案外難しいのね……」
意外なほど、キャメリアは虹に食いついてきた。
あまり追及されても困るため、適当な嘘をついて場を収める。
「もともと最初の一煎しかできないのよ」
「え! そうだったの!?」
「だから、また機会があったらお茶しましょうね。いただきます」
毒が入っていないと示すためもあり、先に口をつける。舌先に渋みを柔らかく包んだ甘みが広がり、焙煎した茶葉の芳醇な香りが鼻腔を抜け、最後に果実酒の爽やかな酩酊感が訪れた。




