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27 キャメリア=フエゴ

 いつの間にか灰色の雲は嘘のように消え、少し汗ばむほどの晴天に変わっていた。


 昼食と夕食のちょうど狭間のこの時間、妃候補たちは庭を散策したり、互いの部屋を行き来して交流していたり、あるいは自室で昼寝をしていたりと思い思いに過ごしている。


(南側の廊下をまっすぐ通って行けばキャメリアの部屋だわ)


 ケットシーはキャメリアを疑いたがらなかったが、オルテンシアとしては彼女を信頼できない。なにせ、かつての一番敵対していた相手なのだから。

 意気揚々と部屋へ踏み込んでやる、そう思っていたところ……途中の廊下で甘酸っぱい香りがしてきたのに気を引かれる。


(そういえば中庭のすももの木が咲く時期ね……)


 郷愁に囚われ、なんとなく廊下を北へ折れた。両開きのくもりガラスで仕切られた渡り廊下へ出てみる。長細い屋根だけがついて吹き抜けになった廊下からは、金魚の泳ぐ小さな池と白い砂が敷かれた庭園が見える憩いの場所となっていた。


(先客がいるわ)


 庭へ下りる階段に腰をかけた一人の人物を認め、挨拶しようかどうかためらった――が。


「え!? キャメリア=フエゴ?」


 思わず大きな声を上げてしまった。

 そこにいたのは、真っ赤な髪を豊かに背へ流したキャメリアその人だったのだ。


(偶然一人のときに会えるなんてチャンス)


 予期せぬ幸運に、手に汗を握る。

 しかし、相手は振り返るなり右肩を引いた。おかしなことに、まるで腰に提げている獲物に手をかけたかのような仕草だ。


(しかも、殺気?)


 二人の間の空気がびりびりと震える。オルテンシアが一歩でも踏み出せば、抜身の剣にざくっと斬りつけられそうな雰囲気が醸し出されていた。


(まさか呼び捨てにしたから怒ったのかしら)


 オルテンシアは慌てて演技に入る。予期せぬ場所に人がいた事実に驚いているふうを装った。


「失礼しましたわ。ここは誰もいないと思っていたものだから……。しかも、お名前を軽々しく口にしてしまい、申し訳ございません」

「……別にかまわないわ。あなたは、どなた?」


 キャメリアもまた作り笑いを浮かべて立ち上がる。

 かつて一の妃と二の妃だったころは、顔を合わせれば嫌味の応酬、マウントの取り合いばかりだったが、ここでは初対面。向こうはこちらの出方を探っているようだった。


(ここは敵を作らないレオーネ妃をならって、当たり障りのない態度と謙遜を織り交ぜて……)


 深すぎず浅すぎず頭を下げて、主張控え目の声で自己紹介をした。


「わたくしはオルテンシア=アクアですわ」

「ああ、一番に名前を呼ばれたお姫さまの」

「お姫さまだなんてとんでもない、ただの世間知らずの娘ですの」

「……ずいぶんと前評判と違う人なのね」


 おそらく『絶世の美女』という噂のことを言っているのだろう。

 化粧で人相を悪くした顔をあまり凝視されても困るので、照れたふりをして両手で隠す。


「おやめになって。父や兄が見栄を張り、妙な評判を立てたのよ。それより、キャメリアさまは本当にお美しい方ね。わたくし、お近づきになりたいわ」

「……」


 だが、キャメリアは愛想笑いを引っ込めてしまった。

 慎重みの増した声で尋ねてくる。


「わたしの取り巻きになりたいの? 違うでしょう。どういう意図のお近づき?」

「!」


 さすがは二の妃としてオルテンシアの権勢に一歩も引かず対抗してきた女性である。簡単に腹を探れるわけがないのだった。


 媚びへつらい傘下に入りたいと望む女の子たちとは雰囲気が違うと、一見でばれてしまったようだ。

 しかしオルテンシアとて、ここで引き下がるような真似はしない。元来の勝気さが頭をもたげた。


「いやだわ、取り巻きだなんて。ただお友達になりたいだけよ。あなたが魅力的な女性だから」

「それなら今すぐ部屋へ戻って鏡を覗きなさい。整える気もない髪に飾ろうともしていない顔、地味でセンスの悪い服装、全部きちんと直してからいらっしゃい。今のあなたではわたしとお友達になる資格すらないわ」

(手ごわい……)


 それでも、負ける気はない。意固地になって張り合う。


「見た目がなんだって言うの。わたくしはこういう自分が好きなの」

「そう。わたしとはだいぶ価値観が違うみたい。残念ながら、お友達にはなれなそうね」

「価値観が違うからこそ、親交を深めてみない? おいしいお茶をご馳走するわ。アクア家特製の珍しいお茶よ」

「毒でも飲ませるつもりじゃないでしょうね?」

(毒!?)


 事件の核心を突かれた心地がして、ひやりとする。


(やっぱり商人殺しにはキャメリアが関わっているの? それとも、無関係だからこそ気軽に口にした?)


 今の段階では判別できない。


(もっと踏み込まなくては)


 ここでキャメリアを逃してはならない。

 オルテンシアにしかできない、あの特技を用いるときがきた。


「毒だなんて。アクア家特製のお茶と言ったら――虹茶よ」

「虹……茶?」


 キャメリアが眉間に皺を寄せる。オルテンシアはここぞとばかり畳みかけた。


「もちろんご存じね? 有名だもの。グラキス王国の人なら一度は飲んでみたいランキング一位の希少なお茶、虹茶。ぜひ、ご馳走させていただくわ」


 完全なはったりだが、負けん気の強いキャメリアは真に受けて、知らないとは言えない。かといって、彼女は聡明なのでぼろが出るのを恐れて知ったかぶりもできずにいる。


「へ、へえ……それは、珍しいわね……」


 完全に主導権を握った。オルテンシアは、にっこりと笑顔を浮かべた。


「つき合ってくださる?」

「……そうね、気は進まないけれど、今回だけよ」


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『愛され天女はもと社畜』

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