26 国家転覆
『なーんかきな臭いにゃ』
部屋に戻ると、寝台に寝そべっていたウニャが起きあがり、目をぴかぴかさせながら言う。
『商人を殺す必要があったということは、明確な目的があって危ない薬を持ち込ませたわけだにゃ?』
「そうね。単なる下剤の嫌がらせではなく、誰かを堕胎させたかったということね」
ただ、引っかかる。
かつてならば、一の妃だったオルテンシアに子供を作らせたくなくて、ナランを介して飲ませた――というのは理にかなっている。
しかし今回、オルテンシアは完全に寵姫争いから脱落している。ではなぜ、商人は薬を渡す相手をまたナランにしたのだろう。
『ナランのほかにも薬を渡されている子がいるかもにゃ』
「そうね。広く普及させて無差別的に広めている可能性も……、ということは」
言いながら、とある可能性に気づいて背筋が冷える。
同じくウニャも、緊張で瞳孔をめいっぱい開いていた。
『国王に跡継ぎを作らせないため。つまり、誰か王位を狙う者がいるということかもしれないにゃ』
「……っ」
現国王オーキデには兄弟がいない。先代の王太子――父親が若くして亡くなっているからだ。
『もしかしたら前回、国が滅んだのもそいつのせいだったり……』
「なんですって」
屈辱の処刑を思い出し、身震いがした。
あれは自分の咎が引き起こしたのだとばかり思っていたが……、まさか別の力が働いていたのだとしたら?
(ナランに堕胎薬を飲まされていたのも、その一環?)
反乱軍は、突然起こったにしては統制が取れていた。あっという間に王城を制圧し、兄を一番の悪党と定めて処刑した。
兄は曲がりなりにも王族の端くれである。オーキデ国王が子供を成さず死亡すれば、次なる王として担がれてもおかしくない立場のため、真っ先に消したとも考えられる。
(嘘……信じられない)
ほんの少し見方を変えるだけで、世紀の大悪党と悪女の兄妹は、国家転覆をもくろむ者の罠にかかった被害者になってしまう。
だが、はっと我に返って首を振る。
(いいえ、わたくしが贅沢三昧をして国を傾けたのは事実だわ。誰かのせいにして罪を逃れようとは思わない)
ただ、怪しい者がいるのならば見つけなければ。
今度こそグラキス王国を滅ぼす未来を避けるために。
「一刻も早く犯人を見つけて締め上げましょう。疑わしい順に潰していくわよ」
頭の中に後宮の配置図を思い描く。さきほどソールに描いて告げたとおり、商人を毒で消し去った人物は数人に絞られる。
『誰から探っていくにゃ?』
「一番権勢の強いキャメリアね」
言って、ふと彼女の噂を思い出した。庶民出身ではなく、故エルブレフ王国の末裔だとかいうあれだ。
「ねえ、まさかだけれど、キャメリアが本当に前王族の末裔で、その復権を望んでいるとかってない?」
言葉にすると、一番ありえそうに思えてきた。
しかし、ウニャは尻尾を下げる。
「前の幻獣は火のフェニックス……、あいつは定められた二百五十年きっちり国を守り切って綺麗に役目を終えた気がするにゃが?」
エルブレフ王国からグラキス王国への変遷は、平和的な王権譲渡だった。
直系の後継ぎ男児が途絶えたタイミングで、若く優秀な政治家であったオルテンシアの曾祖父に国を譲った形だ。
それが奇しくも建国から二百五十年ぴったりだったのは、ウニャたち幻獣の力がなせる不思議な業なのかもしれない。
「でも、幻獣はこのさい関係ないでしょう? キャメリア個人が、世が世なら自分が姫だったと思って反乱を企てている可能性だってあるわ」
『うーん、だとしたら、なおさら変だにゃ。オルテンシアにウニャがついているように、キャメリアが姫ならフェニックスがついていることににゃる。これ以上なく綺麗に役目を終了したフェニックスが、そんなこと許さないはずにゃが……』
どうも王族と幻獣は切り離せない関係らしい。
もっと詳しい話を聞きたいとオルテンシアは身を乗り出すものの、ウニャはヒゲをしょんぼりとさせてしまった。
『にゃにゃ……混乱だにゃ。もともとウニャは時を戻したせいでお疲れ気味にゃ。あとは任せたにゃ、虹の聖女オルテンシア!』
「あっ……」
姿かたちがふわっと空気に溶ける。またもや話の途中で言い逃げされてしまった。
(とにかく、わたくしが動くしかないわね)
オルテンシアは拳を握り、いざ廊下へ踏み出した。




