22 薬効
「ここが、ナラン=ソンブラの部屋だな」
ソールは意気揚々と踏み込もうとする。
「待って、わたくしが」
慌ててそれを止め、オルテンシアは扉をノックした。
「ナラン、わたくしオルテンシアよ」
「開いていますわ、どうぞお入りになって」
扉を押し開けると、中には数名の令嬢がいて、以前と同じくテーブルの上にドレスや小物を広げて品評会をしていた。
「悪いけれど、込み入った話があるの。他のみんなは席を外してちょうだい」
「な……」
「アクア家とソンブラ家のあいだの重要な話よ」
女の子たちは不服そうだが、家格を持ち出されれば仕方がないとばかり立ちあがる。
「ではまた……」
「失礼いたします」
腑に落ちないとばかりの表情を残しつつ、部屋を出ていく。そこで、戸口の影にたたずんでいたソールの姿を見つけ、叫びを上げた。
「きゃっ、男性が」
「静かにして。この人は宦官みたいなものよ」
言って、二人で入室し、後ろ手に戸を閉める。
ナランは両目をこぼれんばかりに見開き、動揺していた。
「突然なんなのですか? それに、その方は?」
「俺はソール=ヴェント。陛下の近臣だ。後宮内の監査や雑務を担当している」
ナランの頬が訝しげに歪む。ソールの物々しい『監査』というセリフに不穏なものを感じたようだ。
「この薬物に心当たりはあるか」
ソールのポケットから取り出された茶葉を見て、ナランは首を傾げる。しかし、ふわりと立ち昇った花の香りではっと瞳を見開いた。
「覚えがあるようだな」
すかさずソールが指摘する。ナランは驚愕した目をオルテンシアへ向けていた。
「あなたがわたくしに見せてくれたお茶よ。薬効がどういうものか、もう一度あなたの口から聞かせてもらえる?」
「なっ……」
動揺して言葉を継げないでいるナランに、ソールは低い声で警告する。
「隠しても無駄だぞ。騒げば立場が悪くなるのはお前だ。所持している残りの薬物を出し、正直にすべて告げろ」
「ひ……」
「ナラン、言う通りにして」
オルテンシアが後押しすると、彼女は震える足で保管していた引き出しへ向かい、茶筒を持って戻ってきた。ソールはそれを奪うように受け取ると、即座に蓋を開けて中身を確認する。
「ふむ、見た目は似ている。持ち帰り、中身をきちんと調べるとして」
鋭いソールのまなざしがナランを貫く。
「お前の身柄も拘束させてもらおうか」
「っ、な、なんなのですか、さっきから……!」
恐慌状態で、ナランが涙声を上げる。
さすがに黙っていられず、オルテンシアは二人のあいだに身を滑り込ませた。
「待ちなさいよ、ソール=ヴェント。捕まえるのは早計だわ。さっきも言ったとおり、ナランはこれを手に入れたばかりで、詳しい薬効も知らなかったのよ」
そうであってほしいという願望もあった。
オルテンシアを堕胎させようという明確な悪意を持って飲まされていたよりも、ちょっとした嫌がらせで下剤を盛られていたと考える方がまだましだと思ったから。
「オルテンシアさま、いったいどういうことですか、これは……」
「勝手に拝借させてもらってごめんなさい。あなたがお茶をいたずらに使う気だったから、気になって中身を調べたかったのよ。そうしたら、監査役に見つかってしまって。でも、拘束されるようなやましいことはしていないのでしょう? だったら今、はっきりこの人に告げるのよ。お茶の効能とか、入手経路とかを」
説得すれば、ナランは藁にも縋る思いとばかり、必死になって言う。
「このお茶は、先日出入りの商人がくれたものですわっ! 東の国の後宮で流行っているちょっとしたお遊びのお茶で、飲むと……飲むと、お腹が……緩くなるとか」
ソールは冷たい声を返す。
「毒性の強いメーゼ・ティフォーネの薬効が『お腹が緩くなる』とはずいぶんな表現だな」
「ど、く……!?」
とたん、ナランは白目を剥きかけた。
「ナラン! 大丈夫!?」
正面にいたオルテンシアはすかさず彼女の肩を摑み、強く揺する。気絶寸前で戻ってきたナランは、紙のように顔を白くしていた。
「毒……とは、なんです、の……? メーゼ・ティ……?」
(この反応。やっぱり知らなかったに違いないわ)
とぼけているようには見えなかった。観察眼の鋭いソールも、同様に受け取っただろう。
「後宮出入りの商人か。どんな成りをしていた奴だ?」
「四、五十代の……気さくな女性で、髪は……黒くて短かかった、かと……」
「では、いったん俺はその商人について調べてこよう。だが、ナラン=ソンブラ並びにオルテンシア=アクア、お前たちの嫌疑が晴れたわけではない。大人しく沙汰を待て。それから、この件について一切の他言は無用だ」
ナランは必死になってこくこくとうなずく。
オルテンシアもまた、渋々ながら首肯した。




