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20 メーゼ・ティフォーネ

 空が薄く曇っていた。太陽がぼんやりと滲んで大きく見える。


(お兄さまへの手紙を出してから……もう十日。どうして返事が来ないの?)


 ソールは本当にちゃんと渡してくれたのだろうか。あのまま捨てられてしまったのでは、と勘繰りたくなる。


 気晴らしにと窓を開けると、春にしては冷たい風が吹き込んできた。ひょっとしたら、雨が降るのかもしれない。

 外に気を取られていたせいだろうか。突如として部屋の扉が叩かれて、びっくりする。


「オルテンシア=アクア! いるのだろう、入るぞ」

(な……っ、いきなり何?)


 けたたましく響いた低音は、ソールのものだ。

 狼狽して返事できずにいたのに、扉は勝手に押し開けられる。戸の上部についた飾りの鈴が、賑やかに鳴った。

 相変わらず不機嫌そうな顔が、さらに苛立ちを極めた形相でそこにいた。


「ソール=ヴェント……なぜ、ここへ?」

「何故もなにも。詳しい話を聞かせてもらうぞ、この悪女め」

(悪女ですって!?)


 国を傾けた過去世ならばいざ知らず、現時点でオルテンシアはなにもしていない。いや、それどころかこの国を滅亡から救おうと考えているのだ。


(それを……なんなの)


 清々しいほど、過去と同じ声音で『悪女』呼ばわりされるので、ある種の感動に近い郷愁に襲われた。

 オルテンシアは地味で平凡な仮面をかなぐり捨て、本来の勝気な性格をむき出しにする。


「レディの部屋に突然入ってくるなんて失礼よ! 今すぐ出ていってちょうだい」

「威勢がいいのは結構だが、いつまでもつかな」


 だが、相手も負けてはいない。さすがかつて、寵姫で敵なし状態だったオルテンシアを堂々と「悪女だ」と糾弾できた男だ。

 ソールはジャケットのポケットから油紙に包まれたなにかを取り出した。


「……?」


 訝しんで眉をひそめるオルテンシアの目前で、それを開く。

 芳醇な花の芳香がふわっと広がった。


「あ、それは……!」

「お前からこの俺が預かったもので間違いないな」

「違う! わたくしはお兄さまに……」

「お前の持ち物で間違いなと、尋ねたのだ」


 有無を言わせぬ口調で押しつけるように言い、ソールは茶葉を包みなおして再びポケットに回収する。


「ちょっと、なぜあなたが持っているのよ。返して」

「返さない。証拠隠滅を図られても困るからな」

「証拠隠滅って……」


 不穏な言葉に唖然としていれば、ソールは眉間の皺を深くした。


「禁止薬物メーゼ・ティフォーネを含む茶葉。お前はこれをどこで手に入れた」


 問われた意味が、一瞬よくわからなかった。

 瞳を見開き、絶句する。


(禁、止、薬、物……?)


「なんだその顔は」


 呆れた声に、はっと我に返る。


「それ! 危険な成分が含まれていたってこと!?」

「は? 知っていて所持していたのだろうが」

「まさか、違うわ」

「白を切っても無駄だぞ」


 取り付く島もない様子だが、それでもオルテンシアは食い下がる。


「本当に知らないのよ。教えて。それはいったいなんだったの? だってわたくし、何も知らずに……ずっと飲んでいた……」

「!?」


 ソールの細い目が大きく見開かれる。そして……侮蔑の色が浮かんだ。


「さすがは悪女。妃候補の身でありながら、男と火遊びでもしていたか」

「なんのこと?」

「とぼけるのもいい加減にしろ。メーゼ・ティフォーネは遊郭などで密かに流通している女の血の道をくるわす薬物。いわゆる――堕胎薬だ」

「……っ!!」


 恐ろしい事実に、オルテンシアは崖下へ突き落されたような衝撃を受けた。


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『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

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