2 逆行転生
狂乱する群衆の中で断頭台の餌食となったオルテンシアは、突然の落雷と火災により遺体ごとこの世から消えた――はずだったのだが。
気づけば、春爛漫の花の香りで満ちる豪奢な室内にいた。
そこには、満開の桜に勝るとも劣らない美しさを誇る百人の娘たちが勢ぞろいしている。
「緊張するわ……」
「国王陛下って、どんな方なのかしら」
綺羅を着飾った女性たちは皆、初々しく頬を染め、どこか落ち着かないそぶりで周囲を気にしている。
(これはいったい……)
どこか見覚えがあると思ったら、ここは王城の広間だ。
(なぜ?)
茫然と立っているところへ、背後から声がかかる。
「オルテンシアさま!」
はっとして振り返れば、見知った人物がいた。
顔立ちは地味めだが、華やかな化粧をほどこすことで印象を深くし、まとうドレスは誰より豪奢。背中には豊かなオレンジ色の髪をたなびかせた女性――。
「ナラン=ソンブラ!?」
「はい、ナランでございます」
にっこりとほほ笑む彼女は、グラキス王国初代宰相のひ孫であり、この国では王族に次ぐ高貴な身分の令嬢だ。
オルテンシアの生家は二代前の国王、そして彼女のソンブラ家はそれを支えた宰相だったため、そのひ孫たちである二人も生前交流があった。
ナランはオルテンシアの一つ下という年齢の近さもあって、幼い頃から遊び相手として幾度か我が家に来ることがあったのだ。
さらに共に国王の妃候補として後宮入りしてからは、オルテンシアの一のお友達――いわゆる『取り巻き』として、ナランはいつも近くに控えていたものだった。
ということは。
「まさかあなたも死んだの!?」
オルテンシアに近しい人物として、次に処刑されたのは彼女かもしれない。
だが、ナランはきょとんと首を傾げた。
「死んだ? なにをおっしゃいますの?」
「だって、反乱軍が……」
「反乱? おかしなオルテンシアさま。なんの言葉遊びですの? わたくし、まるで見当がつきませんわ」
ころころと笑うナランは平和そのものだ。オルテンシアはぽかんとしてしまう。
(どういうこと? それに……)
ナランの装いに目を向ける。
首回りにルビーを飾った茜色の生地に、金糸をまぜて編み込んだレースの飾りをふんだんに縫いつけた豪奢なドレス。その上、オレンジ色の髪には大ぶりなルビーとサファイアを並べたティアラを載せている。
(とても処刑されるような格好とは思えない)
言葉を失っていれば、笑い終えたナランは媚びるように目を細める。
「オルテンシアさま、本日のお召し物も本当に素敵ですわ。可憐な菫のようでありながら凛とした薔薇の花を思わせる絶妙な紫色のドレス……、もってお生まれになった美貌をさらに引き立てております。きっと国王陛下も、一目でオルテンシアさまの虜となるでしょう。間違いなくこの中で一の妃に選ばれるのは、あなたさまですわ」
(一の妃……!?)
春爛漫の王城の広間に、綺羅を着飾った娘たちが百人集ったこの情景。
(三年前の、後宮入りの儀式の日だわ!)
グラキス王国では、国王が十九歳を迎えた日、後宮に十五歳から二十歳の娘を百人集めて後宮を形成する。
そして、一年間妃候補として過ごしたあと、国王からのお気に入り具合や娘の身分、見栄え、人徳などを考慮して妃としての序列が決まるのだった。
(――まさか、時が戻ったというの?)
信じられない。
だが、目の前にいるナランはたしかに記憶の中より少し若返っている。言われてみれば、十六歳の後宮入りしたばかりの頃の容姿だ。
(では、わたくしも……?)
震える両手を掲げて見る。しみひとつない真っ白のみずみずしい手がそこにあった。指には大ぶりのダイヤモンドの指輪を三つも着けている。
首と胴体を切断されて泥にまみれた無残な姿などでは決してない。
(三年前に、戻っている……。わたくし、人生をやり直せる……?)
屈辱的な処刑など、まっぴらだ。
贅沢三昧なんてしなくていい。
国王からの寵愛なんか、いらない。
(わたくしはただ、おばあちゃんになるまで静かに平穏に生きていきたい――)
知らず、ぐぐっとこぶしを握り締めていた。
「オルテンシアさま……? やはり様子がいつもと違いますわ。もしかして、緊張していますの? 国王陛下、まもなくお見えになりますものね」
ナランの言葉に我に返る。
(後宮入りのあの日……わたくしは陛下から一目で気に入られて、一気に寵姫の座へ駆けのぼったのよ)
このまま国王と顔を合わせれば、同じ悲劇の道を進んでしまうかもしれない。
それは絶対に避けねばならない!
オルテンシアは慌てて踵を返す。
「どうされましたの!?」
「わたくし、少々、お花摘みに……!」
びっくりするナランを置き去りにして、オルテンシアは広間を飛び出した。