14 後宮勢力
その後しばらく、オルテンシアは有力な妃候補たちの動向を探っていた。
「キャメリアさま、昨晩は陛下とお食事を共にされたそうですが、いかがだったのですか?」
日当たりのよい南向きの廊下に、明るい女性の声が響き渡る。
輪の中心で、キャメリアは春爛漫のあたたかな陽射しをたっぷりと浴びながら、豊かな赤髪をかきあげて自分を取り囲む妃候補たちに答えていた。
「楽しいひとときを過ごさせていただいたわ。あ、そうそう。陛下はお酒にあまりお強くないらしいから、あなたたちもご一緒するときは気をつけたほうがいいわよ」
「まあ、そうでしたの」
「わたくしたちも早くご相伴に預かりたいですわ~」
かつての二の妃は、順調に後宮内での勢力を伸ばしているようだ。
次にそのまま建屋の北側へ抜けてみる。
こちらには、おとなしめの女性たちがきちんと並んで菜の花畑を鑑賞していた。
「リーリエさまは、このあとなにをして過ごされますの?」
白の聖女リーリエは、可憐な笑みを浮かべて夢のように甘い声で答える。
「繕いものを、少し……。孤児院の子供たちへ届ける予定があるものですから」
「それは素晴らしいお心がけですわね」
「わたしもお手伝いさせていただけませんか?」
人徳が高い四の妃は、今日も慈善活動に余念がない。
次に西側へ歩いて行く。
黄色髪のレオーネの姿は残念ながら見えなかったが、彼女の部屋の前には数人の女の子たちがたたずんでいた。
「レオーネさまは留守なの?」
「残念、相談に乗っていただきたかったのに」
相変わらず彼女は、姉のように頼りにされているようだった。
(今のところ、陛下はキャメリア妃と親交を深めているところみたいね)
しかし、彼女の発言を思い出してみれば、かなり強気でマウント気質な性格がわかる。できれば寵姫は、もっと思慮深くつつましやかな女性になってもらいたい。
(でも、陛下の好みは以前の悪女なわたくし……なのよね。キャメリア妃はその点が似ているから、厄介だわ)
このまま彼女が一の寵愛を得るようなことになれば、第二のオルテンシアの登場となりかねない。
(なんとかしなくては)
そんなことを考えながら南側までやってくると、いつの間にか、かつての取り巻きナランの部屋近くまで来ていたようだ。
彼女の部屋は、相変わらず来る者拒まずとばかり開いていて、廊下まで楽しげな声が漏れ出ている。
「まあ素敵」
「見違えるようですわ。さすがナランさま」
(まさか、またドレスのアドバイスをしているのかしら……)
辟易した気持ちでひょいと中を覗いてみる。間が悪いことに、ちょうど室内のナランと目が合ってしまった。
「あら、オルテンシアさまではございませんの」
彼女の声に、周囲にいた貴族の娘たちが一斉に振り返った。
陰気を装うオルテンシアの姿を見て、彼女らは戸惑いの表情を浮かべる。
「皆さま、ご紹介いたしますわ。あの方は高貴なるアクア家のご令嬢にして、『絶世の美女』との前評判だったオルテンシア=アクアさまですの」
ナランは立ち上がり、センスを広げてこちらへ向ける。
(ん? なんだか悪意がある紹介のような……?)
漠然とした違和感に首を傾げる。
相対する少女たちは、どう反応していいかわからないといった様子で視線を泳がせた。
「どうぞ、お入りくださいな。オルテンシアさまも、わたくしのお仲間に入れてさしあげましてよ」
(!)
やはり、そうだ。違和感がよりはっきりする。
かつて常にオルテンシアの近くに侍り、ご機嫌伺いばかりしてきたナランは、言葉遣いはそのままでも態度が違う。上から目線なのだ。
(なぜ?)
見極めるため、ここは従うふりをしよう。
オルテンシアは意識して、不気味に見える笑みを浮かべてみせた。
「では、ぜひご一緒させてくださいな」
「どうぞどうぞ。アクア家のご令嬢であらせられるオルテンシアさまの広いお部屋と比べたら手狭で申し訳ございませんけれども。人もこれだけ集まっておりますし」
「かまわないわ」
室内へ踏み込めば、テーブルの上が色の洪水となっていた。