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12 虹乙女

 オルテンシアの周囲を、七色の光がふわっと包んだ。ぼんやりとした温かさが肌に染み入る。


(これが幻獣の神秘の力……)


『さあオルテンシア、今与えたウニャの力を具現化してみるにゃ』


 言われるままに、人差し指を宙に向けて「えいっ」と念じる。

 すると――オルテンシアの指先には、淡い七色の虹が架かった。


「え?」


 拍子抜けして指を下ろせば、虹は空気に溶けて消える。


「今の……」

『素晴らしいにゃ! オルテンシアは今この瞬間から『()()()』になったにゃ』

「虹……乙女?」


 ケットシーは興奮して目をぴかぴかと光らせる。


『いつでもどこでも虹を作れる聖女、虹乙女! あ、乙女だから結婚はできないにゃ』


 オルテンシアはしばらく、茫然と自分の手のひらを眺めていた。

 やがて、ぽつりと尋ねる。


「虹を作れるだけ?」

『そうだにゃ』

「天気を操れるとかじゃなくて、虹が架かって消えるだけ?」

『そう、虹は消えるもの。……儚いからこそ美しいにゃ』


 自分が褒められたとばかり、ドヤァ……とケットシーは胸を張る。


「待ってちょうだい。虹を架けるのと国の滅亡回避となんの関係があるのよ?」

『ウニャは水の幻獣だにゃ』

「それがなにか?」

『滅亡を回避した平和なグラキス王国には、虹が似合うにゃ~』

「そうではなくて、今はその滅亡を回避するために動かなきゃいけないときよね!?」

『うんうん、オルテンシアは今日から救世主、虹の聖女にゃ』

(は、話が通じないわ……)


 ケットシーは立派な胸のモフモフを自慢げに揺すり、ふわあっと空気に溶けていく。


『それじゃ、ウニャは一眠りしてくるにゃ。またにゃー』

「え……待っ……」


 伸ばした右手は宙を摑む。ケットシーの姿は跡形もなく消えてしまった。


(夢?)


 あまりの現実感のなさに、オルテンシアは立ち尽くす。

 ふと、我に返ってもう一度右手の人差し指を宙に振ってみた。


「えいっ」


 キーンと清浄な音が鳴って、そこには小さな虹が架かる。

 どうやら特殊能力・虹乙女のくだりは夢ではないらしい。


(とはいってもね……)


 日常生活でまったく役に立つとも思えない力だ。

 落胆のあまり肩が落ちる。


(結局のところ、自分の力でなんとかするしかないのね)


 ないものねだりをしていても前には進めないのだった。


「さて、と。少し頭の中を整理しようかしら」


 メモでも残そうかと小机に向かったところで、書きかけの手紙に気づく。


(そうだわ、お兄さまに言って地味なドレスをいくつか用意してもらおうと思っていたのよ)


 続きを書こうとしていれば、部屋の扉がノックされる。


「失礼いたします、オルテンシア=アクアさま」

「なにかしら」

「兄君のラヴァンド=アクアさまが面会にお越しとのことです」

(あら、ちょうどいいわ)


 オルテンシアは紙とペンを持ったまま部屋の扉を開ける。そこには栗色のおさげ髪のメイドの少女がいた。


「ローズガーデンでお待ちです。よろしければご案内いたします」


 ローズガーデンは後宮の南西の庭の中にある離れの名前で、妃が外部の者と面会するときに使う建物だ。

 基本的に後宮には国王とごく身近な近臣、そして警護担当の少数の者しか男性は入れないので、こういった場所が用意されている。

 過去、オルテンシアはそこで父や兄との面会をした経験があった。


「案内は必要なくてよ」


 胸を張ってさっさと向かおうとしたところで、メイドの少女がおずおずと尋ねてくる。


「その……場所をご存じなのですか?」

(いけない、また!)


 今日後宮入りしたばかりとは思えない行動を取るところだった。

 その上、居丈高な態度を。


(聖女はきっと、もっとたおやかな態度で使用人たちに接するものよ)


 こほんと咳ばらいをしてから、オルテンシアはうつむく。喉の奥から弱々しい声を出した。


「ごめんなさい、気が急いてしまって……。案内をお願いしますわ」




 白いアーチの入り口をくぐると、むせかえるような薔薇の香りに迎えられた。

 色とりどりの薔薇の株が植えられた小道の向こうに小さな東屋があり、その前に一人の男性が立っている。

 すらりとした長身、女性と見紛う細面に、夜空にラピスラズリを砕いて刷いたような艶めいた藍色の髪がかかり、背中までさらりと流れている。ガラス細工のごとき繊細な美しさを放つ――兄、ラヴァンド=アクアだった。


(……生きている)


 最後に見たのは、無残なさらし首の姿だったから。

 目の前で息をしているのを見て、不覚にも目頭が熱くなった。


「お兄さまっ」


 思わず叫び、オルテンシアは駆けだした。こちらに気づいた兄もはっとしたように肩をはねあげ、そして小走りで向かってくる。

 あとわずかで伸ばした手が手を摑むと思ったところで――兄はがくんと膝をついた。地面に両手をついて、項垂れる。


「お兄さま!? どうされたの」


(――まさか、時を戻したせいで身体になにか異変が!?)


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↓こちらもどうぞ。完結小説です↓
『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

↓短編小説はこちら↓
『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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