11 ウニャ
オルテンシアの目前には、成人男性と同じくらいの大きさをした二足歩行の白猫がいる。
「は……、え……?」
そういえば前にも寝台に座る猫のまぼろしを見た。
ごしごしと目を擦って見るが、今度は消えず、そこにいる。
『どーもー、ケットシーのウニャですにゃ』
(しゃべった!)
ケットシー、それは、グラキス王国の国旗や王族アクア家の家紋にエンブレムとしてあしらわれているこの国を加護する幻獣だ。
オルテンシアはぽかんと立ち尽くしたまま未知の生物を眺める。
キラキラした青い瞳、白くてモフモフした柔らかな毛、ずんぐりむっくりした身体つき、筆先のごとくたっぷりした長い尻尾……どこからどうみても愛らしい猫の造形なのだが――いかんせんサイズ感が半端ない。
(しかも二本足で立っているし)
猫であって猫ではない。本人の名乗った通り、ケットシー以外の何物でもなさそうだ。
(……と、言われましても)
夢を見ているのか。いや、そもそも、断頭台から時が三年もさかのぼった今の状況自体が夢のようで、どこからどこまで現実なのか皆目見当がつかない。
『混乱してるにゃね? オルテンシア』
「……っ」
名を呼ばれて、びくっと肩をはねあげる。
ケットシーは可愛らしく小首をかしげながらも、流暢な人語を操った。
『まー簡単に自己紹介すると、ウニャはグラキス王国の守護獣ですにゃ』
「守護……獣」
『王国にはまだ滅んでもらうわけにはいかなくて、ちょっとばかし時に干渉させてもらったのにゃ』
よくわからない。だが。
(時に干渉……ということは、時間を戻したのはこの幻獣なの?)
思わずオルテンシアはケットシーに詰め寄る。
「時間を戻せるなんてすごいわ! なら、この先の未来も見通せる? どうすればわたくしは平穏無事に一生を送れる?」
『にゃにゃっ、それはわからないにゃ。オルテンシアがどう動くかで変わっていくにゃ』
「わたくしがどう動くか……?」
『そう。国の命運は、オルテンシアに掛かっているのにゃ』
――そんなの、責任重大すぎる。
「時を戻してくれたことには感謝するけれど、どうしてわたくしなの? そもそもわたくしは国を滅ぼした張本人よ? また同じ繰り返しかもしれないって思わないの?」
すると、ケットシーはぷるぷると首を振った。
『オルテンシアは反省していたにゃ。生まれ変わったら質素倹約を心掛け賢女になると誓ったにゃ』
たしかに処刑されたあと、似たようなことは考えたが……。
「そんなに簡単に信じていいのかしら? 幻獣って善良なのね。それとも、この話には裏があるとか?」
『ぎくり』
びっくりするほどわかりやすく、ケットシーが反応する。
裏があるらしい。
胡乱なまなざしを送れば、ケットシーは肩を落としてぼそぼそと言う。
『幻獣には幻獣世界の都合があるのにゃ』
オルテンシアは眉を吊り上げ、すかさず突っ込む。
「どういう都合があるの? 言ってごらんなさい」
『い、いやそれは……こちらの……』
「言いなさい。さもないと――」
じりじりと距離を詰め、両手をケットシーの胸もとへ掲げる。
「全身モフモフの刑よっ!」
『にゃーーーーっ、くすぐったいにゃ!』
ふわっふわの胸もとを両手でモフモフすると、ケットシーはのけぞって震える。
「ほら、ほら」
すっかり悪女面になって、柔らかな毛並みを堪能する。
『言うっ、言うからやめるにゃーっ』
とうとう観念したケットシーは、早口で一気にまくし立てた。
『幻獣界のおきてでは水の幻獣土の幻獣風の幻獣火の幻獣の順番で250年ずつ人間界に加護を与える決まりがあってグラキス王国はウニャたち水の幻獣の番なのに建国からたったの80年で滅んだら他の幻獣たちからバカにされるんだにゃ!』
「……」
ケットシーは肩でぜいぜい息をついている。一気に言いすぎだ。
一拍置いてから、オルテンシアは大きく首を傾げる。
「ごめんなさい、全然わからなかったわ。もう一度お願い」
『人間たちは気にしなくていいことにゃ! 必要になったら都度説明するから、今は忘れていいにゃ。ともかく、端的に言えば、ウニャはグラキス王国に滅んでもらっては困るし、オルテンシアも困る……利害の一致にゃ』
(なるほど、利害の一致、か)
たしかに『国が滅んでは困る』という点で、ケットシーとオルテンシアの願いは同じなのだった。
「……さっきも『協力者』って言っていたものね。つまり、わたくしと手を取り合って、国の滅亡を回避したいってことね」
『さすがオルテンシアは話が速いにゃ』
ケットシーはヒゲをぴんと立てて満足そうにうなずく。
「わかったわ、わたくしも未来を変えないといけないのは同じ。悪女ならぬ聖女のようになれるよう頑張るわ」
『よく言ったにゃ! いい子のオルテンシアにはウニャの加護をあたえるにゃ』
(幻獣の加護ですって!?)
滅亡回避の力となり得る神秘の力を授かれるのかと、期待に胸を膨らませた。