10 取り巻き
北東の角部屋は、どうやら四人で分け合う相部屋として使われるようだった。
最後に残った南西の部屋は、おそらくナランのものだ。
確認すべくそちらへ足を運んでみる。
(いつもは向こうから来るから、わたくしが行くのは初めてだわ)
ナランがいるであろう部屋へ近づくと、廊下に賑やかな笑い声が漏れ聞こえてくる。
(お茶会でもしているのかしら?)
おかしなものだ。
かつてのナランはいわゆるオルテンシアの腰ぎんちゃくで、なにをするにも意見を聞いてきた。
『オルテンシアさま、お茶会を開こうと思うのですが、どんなお菓子を用意したらよろしいでしょうか?』
『オルテンシアさま、誰を呼ぶのがいいと思います?』
『オルテンシアさま、どんなドレスでお迎えしたら相応しいですか?』
――もういっそ、わたくしが主催してあげるわ。
見かねてそう言えば、ナランは大喜びしてオルテンシアに従ったものである。
(どういう風の吹き回し?)
気になってこっそりと窺う。心地よい陽気のために半開きにされた扉から、部屋の中が見えた。甲高い女の子たちの話し声もよく聞こえる。
「こうやって髪を結って、大ぶりのルビーを飾れば……ほうら、とってもお似合いよ」
「本当、見違えましたわ」
「さすがナランさま、センスがよろしいのね」
どうやら、一人の女の子をドレッサー前に座らせ、ナランがファッションアドバイスをしているらしい。
「その髪飾りは差し上げるわ」
「ええ! よろしいんですの? ありがとうございます!!」
「たいしたことなくてよ。髪飾りなんて、使いきれないくらい持っているもの。――次はあなた、鏡の前に来て」
「はい! ナランさまに見立てていただけるなんて、わたくし幸せで天にも昇りそうですわ」
「なにを言っているやら。そんなふうだから、あか抜けないのよ」
(――なにあれ)
ナランは小鼻を膨らませて得意げな様子だ。女の子たちにおだてられて、完全に天狗となっている。
さらには、彼女を取り囲む女性たちにもオルテンシアは思うところがあった。
(みんなかつてのわたくしの取り巻きたちだわ)
オルテンシアの権勢のおこぼれに預かろうと、蜜に集う蝶のごとく集まってきた貴族出身の令嬢たちだった。
おそらく、妃候補としての戦闘能力がゼロである今生のオルテンシアには早々に見切りをつけ、次に身分の高いナランのもとへ集ったというわけか。
そしてナランは、ちやほやされて有頂天になっている模様。
(……だいぶ、性格が違うじゃないの)
オルテンシアに付き従っていた彼女とは、印象が異なっている。
(どちらが彼女の本性なの?)
わからない。
混乱に頭を抱えたまま、オルテンシアはふらふらとその場を離れた。
(わからないといえば、お兄さまもだわ)
反乱軍から目の敵にされた悪人ラヴァンド=アクアは、三年前の現時点では政治なんかまるで興味のない風流人だ。
(それが、最高権力を手に入れて、好き放題して国を傾けたなんて……別人のよう)
人には二面性があるということか。
「ああ、それにしても、大変」
ナランが一度目に思っていたような人物ではないと気づいてしまった以上、他の妃候補たちだってどんな二面性があるか知れない。
一人一人本性を見極めて、誰が一の妃に相応しいか考えなくてはならないのだ。
「お兄さまのことだって、対処しなくては」
妹が寵姫になったことが権勢欲へのトリガーだったとして、今回オルテンシアが静かにしていれば彼も豹変しない……と考えるのは浅慮だ。
なにがきっかけに、また権力に目覚めてしまうかわからない。
「わたくしは目立たないようにしながら、女の子たちを観察して、さらにお兄さまのことにも注意して……。こんなの、一人で全部なんとかするの!?」
独り言を言っているうち、だんだん怒りが込み上げてきた。勝手にぷんすかしながら部屋の扉を開ける。
「わたくしは単なるかよわい姫君よ? せめて協力者でもいないとやっていられないわ」
『協力者、とーじょー!』
「え……?」
部屋の中央には真っ白なモフモフ――、猫の形をした幻獣ケットシーが二本足で立っていたのだった。