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9 中年派遣社員の家庭の事情

 終業時刻の5時になって、神藤は初日に杏梨から渡されたタイムカードを打った。

 新しい職場もこれで二日目だ。

 解雇されることなく無事に終わって、取り合えず一安心だ。

 まさか入社前にゴタゴタに巻き込まれるなんて想定してなかったから、初日は一日中ビクビクしていたが、彼女のお陰か誰も何も言ってはこなかった。

 何とか事なきを得たようだ。


「お疲れさん、大分慣れたか?」


 背中をポンと叩かれて振り向くと、まだヘルメットを着用したままの同業者・田中がマスクの上の目を細めて笑っていた。

 神藤より少し上に見える田中は派遣社員達のリーダーで、職場では頼もしい存在だ。

 リーダーと言って彼も派遣社員なので、立場は同じなのだが。


「あ、はい。お陰様で」

「神藤さんだっけ?あんた、いくつだよ?」

「今50です」

「なんだ、じゃあ、俺と同世代か。俺、昭和45年だから」

「はは……お互い50代ですね。宜しくお願いします」


 自分と同じ世代の男が同じ職場で派遣社員をしている事がなんだか寂しい。

 神藤は愛想よく笑顔を作ってその場を後にした。





 昭和45~49年くらいの間に生まれた神藤の世代は運が悪い。

 第二次ベビーブームという子供の数が圧倒的に多い世代で、中学、高校時代は不良少年も全盛期。

 尾崎豊が「校舎の窓ガラス壊して回った」時代に多感な思春期を過ごした。

 

 神藤も一通りの流行りの不良スタイルは嗜み、バンドブームの真っ只中で青春を過ごした卒業アルバムには、白菜のように髪を盛り上げてこめかみに剃り込みを入れてるなんともイタイ個人写真が掲載されている。

 

 その後は私立大学の経済学部で4年間過ごしたが、彼が一番力を入れたのは車の改造と夜のバイトだった。

 大学は思った以上に授業もなかったので、夜はディスコの黒服のバイトに精を出し、学生なのに年収は100万以上はあった。

 車の改造には金が掛かるのでディスコのバイト代は殆ど横流しにして、週末になると悪友と共に埠頭に出掛ける。

 昔は港に車好きな人間が集まって、そこで公道レースを行っていた。

 車は改造しても参加する度胸はなかった神藤だったが、ちょっと不良っぽいギャラリーの女の子達と出会えるのが目的だった。


 そんな調子に乗ってた頃、妻の陽子とバイト先のディスコで知り合った。

 2歳上の陽子は、その当時、私立の女子大の大学生で、親に黙って毎晩ディスコで踊りまくっていた。

 長い黒髪を振り乱して、際どいボディコンでお立ち台で踊る陽子に一目惚れした神藤は、仕事終わりに彼女に声を掛けて自宅まで車で送ってやることにした。

 言ってみれば送迎係、所謂『アッシー』として陽子に使われる始まりだった。


 当時は景気も良くて、バイトでも相当な給料が出た為、週末はディスコ、その後一緒に帰って途中のラブホで一泊していくのがお決まりのデートコースだった。


 当時の陽子は綺麗だった。

 ボディコンから出たスラリとした長い足、ワンレンの長い黒髪、睫毛バシバシで真っ赤な口紅で彩られたセクシーな唇……。


 今、この時代にあの時の陽子が現れたら、誰か声を掛けようと思うかな?

 いや、最近の軟弱な若い男が見たら、怖すぎてドン引きだろうな。

 フェロモン全開過ぎて、若い男の方が食われそう……。


 神藤は昨日杏梨に絡んでいたひょろ長い体型の若い男を思い出して苦笑する。

 考えてみれば、ディスコで黒服のバイト中にナンパしていた自分や、お立ち台クイーンだった陽子と杏梨は同じ歳なのだ。

 30年経つと人間もこうも変わるのかと不思議な気持ちになる。

 



 夕暮れの駐車場で、愛車のTANTOにもたれて、神藤は仕事終わりの一服をした。

 この愛車は中古で50万、当然オートマティック、ターボですらない。

 主婦が買い物に使うヤツだ。

 スカイラインを改造していた頃に比べて、自分でも大分丸くなったと思う。

 勿論、不本意ではあるのだが、スポーツカーは燃費が悪くてハイオクのガソリンが高いので、今の神藤には手が出せない代物になっている。

 

 タバコなんか学生の頃は一日一箱は吸っていたのに、値上がりし過ぎて一日三本に抑えている。

 人には見栄を張って健康の為だとか禁煙してるとか言っているが、一重に節約の為だった。

 経済的に余裕があったら肺ガンになるまで吸っているに違いない。


 一日のご褒美の一服を愉しんだ後、神藤は狭い運転席に入ってエンジンを掛けた。


 

 若かった時はまだ日本も景気が良くて、自分達がその4年後にどんな目に遭うのか、誰も想像していなかった。

 仕事にあぶれる人間なんて見たことなかったし、人並みには何とかなるんだと信じて疑わなかったあの頃……。


「……なんでこんな人生になっちゃったんだろうな」


 春のおぼろげな夕日を眺めながら、神藤は自嘲的に言って溜息をついた。


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