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7 昭和の男と女の事情

 母の直美は昭和45年生まれ、神藤の2年上になる訳だが、この2年の差が大分違う。

 彼女が高校を卒業して就職した時、日本はまだ景気が良くて、給料も大分多かったらしい。

 ボーナスが年に2回定期的に出るのは当たり前だった時代なのだ。

 忘年会や社員旅行などのイベントもあって、規模の大きい企業に入社すれば社員同士の交流も盛んで、女子社員は社内恋愛からの寿退社が一般的だった。


「その時代と比べられてもねえ……」


 自分の部屋に引き籠ってから、杏梨はスマホを眺めながら溜息をつく。

 若者が恋愛をしないとか、少子化だとか、やる気のない世代のように言われるが、そうなる原因を作ったのは、自分達のせいではない。

 敬太は確かに草食系で今時の若者だけど、それを言うなら杏梨だって安定志向の今時女子だ。

 

 入社して敬太と初めて会った時、男性としての魅力を感じたかと言えばそうでもなかった。

 恋愛感情よりも異性を感じない友達のような関係で付き合えるのが楽だったのだ。

 だが、時間が経つにつれ、杏梨が結婚を考え始めた時、敬太の本性が表れ始めた。

 彼が求めるのはあくまでその場だけの繋がりであって、将来的な約束は考えられない男だった。


「結婚ってどんな意味があるの? 今って多様性の時代じゃん? 大事なのは本人同士の意思であって、無理矢理法的に結ばれる必要ってなくない?」


 杏梨が結婚の話をしようとする度に、敬太はこんな感じで理屈を並べて話をすり替える。

 結局は面倒な事は背負いたくないのだろう。

 今の時代が良くないことを差し引いても、ズルイ男であるのは間違いない。

 直美が交際に反対しているのも、そんな彼の本性が杏梨の話から垣間見れるからだろう。

 

 今となっては、何故敬太と結婚したかったのか分からなくなっていた。

 もしかしたら、自分自身も家庭という枠に逃げたがっていただけのズルい女なのかもしれない。

 責任を背負いたくない男と安定だけを求める女。

 ジェンダーレスのこの時代に、敬太ばかり責めるのも違う気がしていた。



◇◇◇



 翌日、杏梨はいつもと同じように出勤し、いつもと通常通りの日課をこなしていた。

 今朝は敬太にまだ会っていない。

 元から部署が違うので、会社で出会う時と言えば昼休憩だけだった。

 それ故、昼になるのが憂鬱で仕方ない。

 経理部は電話当番だけ残して基本的に同じ時間で昼の休憩に入るのだが、お弁当持参組は会議室で一緒に食べるのが習慣になっていた。

 そこで営業部や人事部の弁当持参組も一緒になるのだが、敬太もそこに現れるだろう。

 スタバでの件と昨日の件を足してみると、敬太の株は杏梨の中では大暴落しているのだが、周りにも知れ渡っている社内恋愛だったので、喧嘩している事は知られたくない。

 別れるのはもっと面倒臭い案件だった。


「……突撃してみますか」


 パソコンに給料のデータを打ち込みながら、杏梨は妙案を思いつき、一人で頷いた。


 

 やがて時刻は12時になり、経理部の女性社員15人ほどが一斉に伸びをしながら立ち上がる。

 杏梨が2年前に入社してから新人は入っていないので、いまだに一番下っ端だ。

 先輩達に見つからないようにランチバッグを抱えると、腰を屈めてこそこそと外に出た。


 

 昨日と同じように駐車場に向かい、同じ場所に停まっているバンにこっそり近づいた。

 背伸びして中を覗くと、昨日と同じ姿勢で神藤さんが昼寝をしているのを発見した。

 助手席側の窓をコツコツと叩いて、彼を起こしてみる。

 その音に驚いたようにビクッと体を震わせて飛び起きた彼は、周りをきょろきょろと見回し、窓から覗き込んでいる杏梨の顔に気が付いた。


「ああ、昨日のお嬢さんですね? 今日ここに来られたということは、私はもう解雇なんでしょうか?」


 乱れた前髪を慌てて掻き上げてオールバックに直すと、汚れた作業服のポケットに引っ掛けていた黒縁の眼鏡を装着して助手席のドアを開ける。

 それが返事とばかりに許可も得ずに助手席によじ登ると、神藤の横に並んで座って最上級の笑顔で返事をした。


「いーえ。解雇じゃありませんよ。今日はプライベートで伺いました」

「え? プライベートって?」

「ここで一緒にお昼食べてもいいですか?」

「は? お昼? ここで?」


 神藤は杏梨の顔を怪訝そうにじっと見据えたあと、車の内部をぐるりと見回した。

 車の部品の納入に使用している年代物のバンはタバコの臭いと鉄の混じった埃で汚れて、快適な空間とは言い難い。


「……えーと、どうしてここでお昼食べようって思ったんですか?」

「え? どうしてって言われましても……ダメですか?」

「いや、ダメじゃないですけど、車ン中汚いし、狭くないですか?」


 神藤は杏梨がわざわざ駐車場まで弁当を持ってやってきた理由が分かっていない。 

 これはハッキリと言ってやらなければ察してもらえないタイプだ。

 

「神藤さんと一緒にお昼食べたかったから来たんです。ここで一緒に食べてもいいですか?」


 目の前の若い女の子の言っている事が分からない……といった顔で、神藤は沈黙したまま杏梨を見つめた。




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