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 翌日、二人分の弁当の用意をする為、朝の5時に起床して腕を奮った杏梨は疲労困憊でデスクに向かい入力作業をしていた。

 

「コーヒーのお礼にお弁当作ってきますね」


 なんて、軽い調子で言ってしまったものの、杏梨は料理がそれ程得意ではない。

 自分の弁当だけなら夕飯の残りで簡単に済ますところを、少なからず好意を持っている男性に食べてもらう弁当を用意するのはかなり気合を要する仕事になる。

 前日の夜から味付けした鶏肉の唐揚げをメインに、ゴボウのキンピラとポテトサラダを付け合わせに入れてボリュームを出し、主食は旬の筍を入れた炊き込みご飯。

 お茶が入った保温ポットと二人分の弁当を入れたバッグは、ピクニックに行くのかと見紛うばかりの大きさになっている。

 睡魔と戦いながら午前中の仕事を何とか済ませ、昼休憩に入ると同時にバッグを肩に掛けて職場を飛び出す。

 行先は当然、昨日と同じ駐車場、部品の納入に使っている白いバンだ。


 だが、神藤より先に到着しようと息を切らせて駐車場に到着した杏梨は、愕然としてその場に立ち竦んだ。

 昨日まで同じ場所に駐車してあったバンがないのだ。

 社用車なので、別の人が業務で使用することになっても不思議ではない。

 問題なのは神藤の居場所と、この二人分の弁当をどこで食べるか、だ。


 重い弁当バッグを肩に下げて、杏梨は工場の中に入って行った。

 既に休憩に入っている現場の作業員達は宅配弁当を食べたりスマホを眺めたりと寛いでいたが、巨大な袋を担いだ杏梨が入って来ると一斉に動きを止め、杏梨を凝視した。


「あの、神藤さん見ませんでした? 今週から入社した派遣の人ですけど……」


 杏梨はいつもの顔馴染みのオジサンを見つけて、小さな声で聞いてみる。

 悪い事はしていないのに、何となく人に聞かれるのは憚られる。

 

「ああ、新入りの神藤か? あいつなら今日は本社まで不良品の回収に行ってて夕方まで帰って来ないよ」

「ええっ!?」


 思わず絶望的な声が出てしまう。

 脱力した肩からバッグがずり落ちて、砂だらけのコンクリートの地面にドスンと落ちた。


「不良品が見つかっちまって、急遽、部品を回収してくる事になったんだよ。多分今日から残業になるだろうから、何か用事があったら言っとくよ?」

「あ、その、別に用って訳じゃないんですけど・・・」


 俯いて口籠る杏梨と地面に落ちたバッグを見て、オジサンは察したように頷いた。


「それ、神藤に渡すモンだったのかい?」

「はい。お弁当なんです」

「神藤は静岡まで行ってるから、今頃どっかで外食してると思うけど、帰って来たら渡しておいてやろうか?」

「本当ですか!?」


 顔を上げた杏梨の目はうるうると涙が浮かんでいた。

 朝の5時から奮闘して作ったお弁当を彼に食べてもらいたくて、仕事も一生懸命頑張ったのに・・・。

 食べてもらえないどころか今日はもう会えないなんて、神様の悪戯にしても酷過ぎる。

 今にもその場で泣き出しそうな杏梨を見て、オジサンは力強く頷いた。


「ああ、任せとけ。俺は派遣のリーダーの田中だ。あいつが帰って来たら責任持ってこれを渡してやるよ」


 田中は地面に落ちたバッグを拾い上げて、ぐっと親指を立てた。

 このオジサンが信用できるか分からないが、こうなったら託すしかない。

 そうでなければ、この大荷物を再び経理部の部屋に持ち込まなければならないのだ。

 二人分の弁当を敬太のいる会議室で食べる事だけは、何があっても避けなければならない。


「田中さん、お願いします! お弁当箱は明日回収に来ると伝えておいてください」


 杏梨は頭をガバッと下げて礼をすると、脱兎の如く駆け出して工場から逃げ出した。




◇◇◇




 静岡まで不良品の回収に行かされた神藤が帰社したのは、終業時刻の5時になる少し前だった。

 入社3日目の派遣社員にいきなり本社に取りに行かせるのもどうかと思うが、営業社員が先に話をつけているので彼の仕事は言われた通りにブツを回収する事だけだった。

 

「帰りました~」


 オールバックにした髪をキャップの中に入れながら、神藤は一応声掛けして工場に入った。

 その途端、ヒューヒューと中学生のような口笛があちこちから響いてくる。


「この色男!」

「新入り、やるじゃねえか!」


 冷やかしの口笛と共に妙なヤジが聞こえて、神藤は首を傾げた。

 自分が言われているとは思わなくて、他に人がいないか思わず周りを見回してしまう。


「あんたの事だよ、新入り! 入社三日目で隅に置けないねえ」


 安全ヘルメットを被った派遣リーダーの田中がニヤニヤしながら近付いて来る。

 悪意はないけど、好奇心丸出しの笑顔だ。

 何の事か分からない神藤は首を傾げながらも造り笑顔で対応した。


「・・・色男?って、私の事ですか?」

「そうだよ! 経理部の可愛い女の子に早速手出したんだろ?」

「はあ!? ちょ、ちょっと何の話ですか!?」


 神藤は真っ青になって聞き返した。

 田中が言っているのが杏梨の事だとしたら、これは相当不味い。


「実は今日な、あんたがいないの知らなくって経理の女の子がここまで弁当持って来てくれたんだよ」

「え・・・!!」

「まだ入社3日目のあんたにここまで豪勢な弁当持って来るなんて、これは惚れてるに決まってんだろ! しかも手作りときたもんだ。俺がしっかり預かってやったからありがたく受け取れよ」

「・・・・・・」


 神藤の顔は青いを通り越して真っ白になった。

 

 そう言えば、昨日二人分弁当を持って来るって言ってたっけ。

 朝から急な仕事のトラブルですっかり忘れていたが、杏梨は俺の為に弁当を作って駐車場で待ってたんだ・・・!


 だが不味いのは、それをこの現場の連中に全て知られてしまった事だ。

 最悪、俺クビかも……。


 神藤は意を決して田中に言った。


「田中さん、少しだけ・・・経理部に行く用事を下さい」 


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