1 今どき恋愛事情
春休みに入ったばかりの駅前の繁華街は若者達で賑わっていた。
つい最近までコロナだ、自粛だ、外出禁止だと騒いでいたのに、この変わり様はなんだんだろう。
楽しそうに笑い合っている女子高生達のグループを後目に、杏梨は待ち合わせたスタバの前で溜息をついた。
一応、彼氏である大塚敬太と久し振りの外デートなのに、待ち合わせた時刻から既に20分が経過している。
実質2年も付き合っている事になる二人の関係は、出会った時からさほど進展していない。
地元の零細企業の経理部に入社した杏梨と、同期で営業部に入社した敬太は歳は2年違いだが、初めは気の合う同僚だった。
他に同期の友人がいなくて、何となくお昼を一緒に食べる事になったのが二人の馴れ初めだ。
敬太は高校まではサッカー少年だったらしいが、大学に入ってからはあっさり辞めて、活動内容がよく分からないYOUYUBEサークルなるものに籍を置いていた。
今でもその仲間との付き合いは続いていて、動画を撮るのに集まっている。
時々、飲み会なんかもしているらしい。
彼曰く、男同士で集まって騒ぐ方が有意義で楽しいんだとか。
外出嫌いの敬太のせいで、デートはもっぱら彼のマンションだった。
狭いワンルームで二人でいても、彼はスマホのゲームに没頭して会話もままならない。
草食系の敬太はセックスも好きではなく、一緒にいても触れ合う事すら稀だった。
まるで、あたしの事なんか見えてないみたい……。
そう思うと、同じ空間に一緒にいる意味が分からなくなってしまう。
思いながらも、まだ敬太の事が好きだったし、離れたいとは思わなかった。
やる気のない敬太の生活には思うところはあるけど、自分だってぼんやりとつまんない毎日をやり過ごしてるんだから、人の事は偉そうに言える立場じゃない。
最終目標は彼と結婚して、会社を退職して、専業主婦になることだったから、今はとにかく我慢だと思っていた。
考えている内に、敬太がのろのろと現れた。
細身のデニムにネイビーのジャケットを羽織って、サラサラした髪はツーブロックで細い首筋がセクシーだ。
顔立ちも細面に切れ長の目で、ちょっとK-POPのアイドルみたいだ
外見は清潔感あってスタイリッシュなのに、中身は色々残念な人なのだが。
「ごめん、寝てたら遅くなった」
悪びれもなく、ぼそっとそう言って髪を掻き上げる。
待ち合わせは午後の2時だったのに、一体いつまで寝ていたんだろう。
呆れてしまったけど、ここで責めると彼の機嫌が一気に悪くなることは学習済みだ。
苛々する気持ちを抑えて、杏梨は満面の笑顔を作る。
「ううん、あたしも今来たところ。外でデートするの久し振りだし、楽しみだね」
「そう? 僕はなんか面倒臭いけど。まず、どっかで座ろうか」
敬太は返事も待たずに、スタバの中にさっさと入っていく。
待ち合わせはスタバの前だったけど、ここでコーヒー飲む為に来たわけじゃない。
文句を言う間もなく、杏梨は慌てて彼の後を追いかける。
中に入ると、彼は既にレジの前で会計をしていた。
黄色い大きなランプがぶら下がったカウンターには、彼が注文したであろう抹茶フラペチーノが単品で現れる。
注文を待つ列の最後尾に並んだ杏梨を後目に、自分の分の抹茶フラペチーノを持って「席取っておくから」と言い残し、さっさと奥に入っていく。
「……キャラメルマキアート、ショートで」
「畏まりました。ランプの下のカウンターでお待ちください」
店員に注文してから何とも情けない気持ちで、杏梨は飲みたくもないキャラメルマキラートがやってくるのを待った。