辺境伯令嬢の婚約指輪
「婚約破棄だ、ルチル」
「浮気していたんですのね、ヘリオドール様」
婚約を交わし三週間経って衝撃的な事実が判明した。モルガナイト公爵ヘリオドールは、別の女性貴族と関係を持っていた。わたくしの知らないところで密会をしていたようだった。
「そうとも。ルチル、お前よりもスピネルの方が私に尽くしてくれるんだ。心が美しく、清らかで従順なんだ」
「わたくしとの日々はどうでも良かったと?」
ヘリオドールは、つまらなさそうに背を向け――こう吐き捨てた。
「退屈な毎日だったよ、ルチル。お前とのキスもベッドの上で過ごした時間も何もかもが虚無だった……。そう、愛なんて最初からなかったんだよ」
「ひ、酷いですわ。わたくしは、ヘリオドール様を愛しているのに! 今だって……」
「もう遅い。なにもかもが遅いんだ! この指輪もこうして捨ててや――え、外せない!?」
ヘリオドールが指輪を外そうとするけれど、それは外せなかった。そう、わたくしは既に婚約指輪に細工をしてあったのだ。
彼は今になってようやく気付いた。
「ヘリオドール様、謝るなら今ですよ。きちんと土下座して心より申し訳なかったと反省するならば、命までは取りません。スピネルという方とも別れて下さい。でなければ……」
「ふ、ふざけるな! ルチル、お前になんてもう興味がないんだ!」
「言葉には気を付けた方がよろしいですよ。今、ヘリオドール様のお命は、わたくしが握っているんですからね」
そう、本当に握っていた。
何故なら、あの婚約指輪は『爆発』するからだ。
グレンダイト製の宝石は、少量でも爆発を起こす。けれど、普通の衝撃とかでは爆発しないよう安全を施してある。
起爆するには、わたくしの嵌めている指輪を先に外すだけ。その瞬間、ヘリオドールの指輪が外れるようになる。そのタイミングで万が一、彼が己の意思で指輪を外す事態になれば爆発する。
「そ、そんな馬鹿な。信じられるわけがない」
「そうおっしゃるのなら、スピネルのところへ行けばいいですわ。ですが、その瞬間、ヘリオドール様は絶命するのです。本当に残念ですけど、それが貴方の運命なんです」
「お前のことなんて信じられるか。どうせ、ハッタリに違いない」
――と、ヘリオドールは婚約指輪を外してしまった。
次の瞬間……
『ドオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォン!!』
――と爆発を起こし、彼は吹き飛んでしまった。
わたくしの愛を捨てたせいで自らの命を絶ってしまった。……どうして信じてくれなかったの。
* * *
その後、わたくしは事件を聞きつけたという、レッドベリル伯爵に拾われて新しい生活を始めた。
「ヘリオドールのことは残念だったね」
「いえ、その……はい。でも、今は立ち直って伯爵様との生活が楽しいです」
「それは良かった。俺は、ヘリオドールとは同級生だったんだけどね。まさか爆死してしまうとは。けど、彼からは悪い噂しか聞かなかった」
「そうなのですか?」
「ああ、危険な魔導具の密売の容疑があったんだ。だから、爆死したと聞いて少し安心もしたんだ。同級生だったから、俺まで疑われる可能性があったからね」
そうだったのね。
ヘリオドールには、そんな容疑があったの。確かに、ヘリオドールは怪しい魔導具を扱っていたようだけれど……。
「わたくし、これからどうすればいいのでしょうか」
「今後は、この俺の屋敷で暮らせばいい。不便はさせないし、幸せにしてあげるよ」
「伯爵様……はい。わたくし、過去は忘れて新たな人生を歩もうと思います」
「それがいい」
「では、この婚約指輪を――」
伯爵様との新しい生活はまだ始まったばかり。
今度こそ幸せになれるといいな。