第20話 魔族との戦い
ラークとセーラムの様子を見ていた男が、つまらなそうな表情を浮かべる。
「ねぇキミ、ねぇ。なんだいその反応は? にっくき魔王のムスメが目の前にいるんだよ?」
その言葉で我に返ったラークは、男を見た。
「魔王が憎いって? 先代とはそこそこいい関係だったと思うけど?」
その言葉に、セーラムと男が目を見開く。
「いやいやいやいや、そのムスメはずっとキミを、キミたちを騙していたんだよ?」
「俺にだって隠し事のひとつやふたつはあるし」
「魔王のムスメなんだよ? 魔族なんだよ?」
「だから?」
辺境で暮らしていたころ、何度かボヘムを訪れたことがあった。
そこにはもちろん魔族もいて、話したことも一度や二度ではない。
彼らが話の通じる隣人であると、少なくともあのときのラークはそう思えていた。
「なんだね、つまらないよ、キミ」
男はそう言ってがっくりと肩を落とす。
「――っ!?」
次の瞬間、危機を察知したラークは、その場から逃れるように右へ跳んだ。
「ぐぁっ!!」
左肩に衝撃を受ける。
一瞬遅ければ、それは心臓に直撃していただろう。
どうやら忘却によって青魔法は失われたが、上昇したアビリティは維持されているようだ。
そのおかげで、反応ができた。
「ぐあぁあああぁぁぁっ!」
激痛が走る。
《ラーニング成功! [呪撃]を習得》
そして再び天の声。
「がぁっ……!」
痛みによろめき、倒れる。
「ラーク!」
「させないよ」
セーラムはラークのもとへ駆け寄ろうとしたが、男に遮られる。
「うぁっ!」
そして、弾き飛ばされた。
「あああっ!」
背中から倒れた彼女は胸を押さえ、痛みに喘ぐ。
「ああ……ぐぅ……」
だが、ほどなく彼女は立ち上がった。
「んー、やっぱり厄介だねぇ、その力は」
そうは言いながらも余裕の表情を浮かべる男を、セーラムは睨みつける。
「オリヴァ……君が、父さんを……!」
そして鋭い視線を向けたまま。彼女は吐き捨てた。
「はてぇ? なんのことやらぁ?」
「とぼけるな!! あの症状、あの臭い、決して忘れるものか!!」
「おやおや、バレてしまったかぁ」
オリヴァと呼ばれた男は、悪びれる様子もなくそう告げる。
「どうして!? 君は四天王のひとりとして、父さんを支えていたじゃないか!」
「アハハハハハ!! あんな平和ボケの偽善者を支持する者など、誰もいないに決まってるじゃないかぁ」
「この……! 人界で暮らしてた父さんを無理やり魔界へ引き戻しておいて、勝手なことを!!」
「それはしょうがないなぁ。先々代の子がことごとくあの辺境伯にやられてしまったものだからね。放蕩息子を呼び戻すしかないと思っていたのだよ、あのときはね。まぁ、失敗だったがね」
「だから父を……!」
「ああ、そうだとも。まさか人間との間に子をもうけて、情を抱くとは思いもよらなかったからねぇ。あんな腰抜け、いないほうがマシ……いや、いるだけ有害だったんだよぉ!」
言い終えるのと同時に、オリヴァが前蹴りを放つ。
「ぐふっ……!」
会話に気を取られていたセーラムはみぞおちに蹴りを受け、身体を折って倒れる。
「まったくっ、忌々しいっ、親子だねぇっ! こうしてっ、またっ、ワタシのっ、邪魔をっ、するのだからっ!!」
言いながら、オリヴァは何度も何度もセーラムの身体を蹴飛ばした。
「おやおやぁ……?」
オリヴァが蹴るのをやめ、眉を上げる。
「げほっ……ごほっ……」
倒れたセーラムが咳き込み、そのたびに血を吐く。
「んー、どうやら魔力切れみたいだねぇ」
そしてオリヴァは、ニタリと口角を上げた。
「あのときと同じだねぇ! 君にもっと魔力があれば、父親を救えたかもしれないのにねぇ!!」
「うぅ……」
セーラムの目から、涙があふれ出した。
「病気に見せかけてじわじわ殺すつもりだったのに、まさかムスメが【黒巫女】なんていうジョブに目覚めるとは思いも寄らなかったからねぇ」
「やめ……て……うぅ……」
セーラムは涙を流しながら顔を歪め、嗚咽を漏らす。
それは単に痛みだけのせいではないようだった。
「辺境の聖女に助けを求めると言われたときは、少々焦ったがね。いかなワタシの呪いといえど、腕利きの白魔道士なら回復できるかもしれないからねぇ」
「ぐぅ……」
そんなふたりのやりとりを、ラークは痛みに耐えながら見ていた。
オリヴァのいう呪いは、じわじわと広がっている。
ほどなく、心臓に達するだろう。
そうなれば、助からない。
どうやらセーラムの魔力も尽きたようだ。
このまま彼女が殺されるのを見続けるか、それよりも先に自分が死ぬか。
(万策尽きたってやつか……)
ただし、それは少し前までのラークであれば、の話だ。
いまの彼には、〈ディープラーニング〉がある。
(思い出せ……あの感覚を……!)
先ほどセーラムの回復を受け、激痛が消えて解放されていくような感覚を必死に思い出す。
そして。
《ディープラーニング成功! [黒癒]を再習得》
(よし!)
すぐに、[黒癒]を自分にかける。
(これは……状態が巻き戻っているのか?)
自分で使ってみてわかったが、この黒癒という魔法は症状を治すのではなく、受ける前の状態にまで戻しているのに近いと感じられた。
(なるほど、だから……)
《[黒癒]の効果により[呪撃]を忘却》
〈ラーニング〉自体なかったことにされてしまうのだ。
(でも、黒癒は残った!)
どうやら〈ディープラーニング〉で習得した青魔法は、忘却されないようだった。
ふと見ると、オリヴァはまだ得意げになにやら話していた。
ラークのことは、放っておけば死ぬとでも思っているらしい。
(なら……!)
ラークは静かに起き上がり、低く構えた。
そしてオリヴァとのあいだにある数歩の距離を、一瞬で詰める。
「のわぁっ!?」
側面から[チャージ]を受けたオリヴァは、無様に吹っ飛ばされた。
体当たりを含むあらゆる打撃を青魔法にできる[フルコンタクト]に、決まったモーションが必要な[チャージ]の威力が上乗せされているとわかった。
こういう使い方もあるのかと新たな学びを得ながら、ラークはオリヴァを警戒してセーラムを背に庇いつつ、しゃがみ込む。
「エドモン、大丈夫か!」
セーラムという名に馴染みがなく、彼は彼女をそう呼んだ。
「ごめ……な、さ……ーク」
「しゃべるな!」
ラークは声をかけ、後ろに向けた手を彼女にかざしてやる。
セーラムの身体が淡い光りに包まれ、傷がみるみる治っていった。
「……これ、は……黒癒?」
回復したセーラムが驚き、身体を起こす。
「悪いけど、ラーニングさせてもらったよ」
「キミってやつは……」
「もう、大丈夫かな?」
「ふふっ……はじめて知ったけど、他人に黒癒をかけられると、少しばかり魔力も回復するみたいだね」
呆れたように笑ったセーラムだったが、ラークの視線を追ってすぐに表情を曇らせる。
「イタタタタタ……いや、油断したねぇ」
オリヴァが立ち上がり、ローブの埃を払う。
ダメージは、ないに等しい。
「ねぇ、さっきあいつのこと四天王っていってたけど」
「ああ。君たちがいうところの魔王軍、そのなかでも最強の4人が四天王と呼ばれている」
「たとえばあいつはその四天王のなかでも最弱、みたいなことは……」
「ごめん、最強」
「そっか……」
乾いた笑みが漏れる。
「おやおやキミ、自分だけでなくムスメを回復したのかね? ならキミは【白魔道士】かな?」
「どうかな!」
答えるのと同時に、踏み込む。
少し前なら手も足もでなかっただろうが、〈ラーニング〉でオリヴァの力を得たいまなら、少しは戦えるかもしれない。
そんな一縷の望みを胸に、ラークは敵に殴りかかった。
「はぁっ!」
いやらしい笑みを浮かべたまま立つオリヴァの腹に、拳が入る。
「おおおおおおおお!」
それからラークは、ひたすら打撃を繰り出した。
拳が、つま先が、踵が、脛が、肘が、膝が、額が、肩が、ローブに包まれた敵の身体のあらゆる場所を打つ。
手応えは、よくわからなかった。
攻撃が当たったという感覚はある。
それらが効いていると信じ、[ヴェノムストライク]による猛毒をすべての攻撃に乗せ、ひたすら撃ち続けた。
さすがのラークも、どんどん魔力が消費されているのを感じていた。
それでもまだ、4割ほどは残っている。
「そろそろいいかね」
「ぐわっ!?」
オリヴァが呟いたかと思うと、胸に衝撃が走り、吹っ飛ばされていた。
「くっ……!」
なんとか体勢を立て直して着地する。
見たところ、敵にダメージはない。
だが、攻撃には猛毒を乗せてある。
「攻撃に毒を混ぜているのかな? まぁワタシにはきかないけどね」
だが頼みの猛毒も、効果がないようだった。
「はぁ……はぁ……」
「ラーク!」
全力のラッシュを終えて肩で息をするラークだが、セーラムが駆け寄ろうとするのを、手を挙げて制した。
魔力切れを起こした彼女は、正直に言って足手まといでしかない。
ならば、離れた場所にいてほしかった。
「人の心配をしている余裕があるのかね?」
「なっ!?」
耳元で声がしたかと思うと、背中に衝撃を受けた。
「ぐぅっ……!」
ラークはもんどり打って倒れたが、なんとか身体をよじって素早く起き上がる。
「ぐぅ……」
視線を落とすと、コートとインナーが無残に引き裂かれ、胸から血が流れていた。
背中も、同じように傷を受けているだろう。
「くそっ……!」
さっきの場所から動かずニヤニヤとしているオリヴァを睨みつけながら、ラークは自身を回復した。
(結構キツいな……)
先ほどは咄嗟のことだったので気づかなかったが、黒癒はかなりの魔力を消費するとわかった。
ただ、回復に伴う生命力の消費はほとんどないようだ。
魔力の続く限り傷を回復できるのは、ありがたかった。
「おや、これは?」
ふと視線を地面に落としたオリヴァが何かを見つけ、拾い上げる。
「あっ、それは……!」
ラークは慌てて胸元に手をやったが、あるはずのものがなかった。
「なんだい、大切なものかね、これが?」
オリヴァが拾い上げたのは、鋼鉄の認識票だった。
「はて、見覚えがあるねぇ、これ」
認識票を見て首を傾げていたオリヴァだったが、ほどなくなにかを思い出したように顔を上げる。
「ああ、そうそう。前にも拾ったんだった」
彼はそう言うと、懐を探り始めた。
「ボヘムを襲撃したとき、邪魔をしてくれたやつが持っていたのと似てるね、これ。少しは楽しませてくれたけど、大したことはなかったんだよねぇ」
懐から抜かれた手に、認識票が持たれていた。
それはほんのりと赤く、輝いている。
「うそ……だろ……?」
それを見て、ラークは呆然とした。
「魔鋼……」
魔鋼製の認識票。
それは聖銀票冒険者よりもさらに上、特級冒険者の証しだった。