婚約破棄
今回は発端となった婚約破棄の話です。
ベルン王国第一王子ランスは王立高等学院の卒業パーティーでドンク子爵令嬢のフレアを侍らせていた。
「また子爵令嬢を侍らせているわよ」
「王族として恥ずかしくないのか」
周囲の令嬢や子息が小声でランスを非難した。
「第一王子ランスの名において宣言する。私は聖女マリアとの婚約を破棄する」
愚かにも聖女マリアとの婚約破棄を宣言した。
「聖女マリアとの婚約破棄ですって」
「ランス殿下は正気なのか」
令嬢や子息が騒ぎだして、蔑む視線を向けた。
「婚約破棄の理由は真実の愛に目覚めたからだ。私はドンク子爵家令嬢フレア嬢を新たな婚約者とする」
ランスは周囲の状況に気が付かず、更に愚かな宣言をした。
「畏まりました。婚約破棄を受け入れます」
マリアはあっさりと婚約破棄を受け入れた。
元々ランスとの婚約は政略的な意味合いが強くて、気乗りしなかった。
我が儘で、女にだらしなく、素行も悪い。
前々から苦々しく思っていたが、私からは婚約破棄を言い出せなかった。
この愚行は正に渡りに船だった。
「それでは失礼します」
【転移】
マリアはパーティー会場から神殿の自室に転移した。
「ランス殿下から婚約破棄されました。これは明らかに契約違反ですので、エメル聖国に帰国します」
神官達に婚約破棄されたので、エメル聖国に帰国すると伝えた。
「聖女マリア、お待ち下さい」
「貴女が居なかったら、結界の維持が出来ません」
ベルン王国は魔物の侵入を防ぐ為に結界が張られていて、維持するには膨大な魔力を持つ聖女の祈りが必要だった。
マリアは結界の維持を懇願されて、エメル聖国からベルン王国に派遣されていたのだ。
婚約も派遣の条件の一つだったのに、一方的に破棄された。
明らかに契約違反だった。
マリアが帰国したら、結界の維持が出来ない。
神官達は必死で制止した。
「ランス殿下がどうにかされるでしょう」
【転移】
神官達の制止を振り切って、私物と共にエメル聖国の大神殿に転移した。
「聖女マリアが婚約破棄に激昂して、エメル聖国に帰国されてしまった」
「何という事だ」
「結界の維持が出来なくなってしまい、魔物が侵入してくる」
「我が国はもう終わりだ」
マリアの帰国が報告されて、王宮はパニックになってしまった。
「直ちにエメル聖国に謝罪の使者を向かわせろ」
謝罪の使者が急いでエメル聖国に向かった。
「この愚か者。何て事をしたのだ」
ランスは国王から激しい叱責を浴びた。
「父上?」
しかしランスは叱責の意味が分からず、呆然とするだけだった。
「聖女マリアが居なくなったら、結界の維持が出来なくなるのだぞ」
「お言葉ですが、結界など存在しません」
ランスは愚かにも結界の存在を否定した。
結界によって魔物の侵入を防いでいる事を疑っているのだ。
「お前がそこまで愚かだったとは思わなかった。もう良い。暫く謹慎しておれ」
遂に国王から謹慎を言い渡されてしまった。
「セイラ様、申し訳ございません。私は婚約破棄をされてしまいました」
大聖女セイラ様に謝罪と帰国の理由を報告した。
「婚約破棄の理由を説明しなさい」
「ランス殿下が真実の愛に目覚めたそうです」
セイラ様に婚約破棄の理由を説明した。
「‥‥‥‥」
セイラが余りの馬鹿馬鹿しさに呆然となってしまった。
「分かりました。下がってよろしい」
「失礼致します」
謁見室を退出して、自室に戻った。
「お帰りなさい」
「お久し振りです」
「お逢いしたかったです」
「皆、久し振りね。元気だった」
見習い聖女の少女達が部屋を訪ねて来て、ようやく落ち込んでいた気分が軽くなった。
厳格な王家教育から解放されて、自由になったのだと実感した。
次回は婚約破棄の後始末の話の予定です。