第九十二話『チョーカーと背伸びの記憶』
「……いい買い物ができたな」
「そうだな……期待以上だったよ」
いってらっしゃいという言葉に見送られながら店を後にした俺たちは、のんびりと街を歩きながらそんな言葉を交わしていた。そこに、誇らしげなネリンがチョーカーを手に取って入り込んでくる。
「何てったってパパとママのお得意様だもの、腕は一流なのよ?……ほら、二人も付けましょ!」
エリューさんが褒められるのは自分のことのようにうれしいらしく、ネリンはルンルンとスキップをしながら俺たちの前を歩いている。その首には、白ベースのチョーカーがきらりと輝いていた。
「そうだな。パーティの証なんだ、早めにつけておいて損はないさ」
「ま、それもそうか……」
何もこんな街中で付けなくても……とは思ったが、ミズネがガサゴソと袋から取り出しているのを見て俺もそれに続く。二人の言う通り、こういうのは皆で付けるからこそ意味のあるものだろうからな。
慣れない手つき丸出しで、俺はもたつきながらもなんとかチョーカーを身に着けることに成功する。何とか出来たことに安堵しながら顔を上げると、どうやらミズネは手早く付け終えていたようだった。
「……やっぱり、こういうのには慣れてるのか?」
「それなりにはな。……長く生きていれば、ある程度かしこまった場に出向くこともあったんだ」
あまり楽しい思い出ではなかったのか、俺の質問にミズネは少し顔をしかめながらそう答えた。……おおかた、そう言う場でも自由なエイスさんに振り回されてたんだろうな……
「そうだったのね……そう言うヒロトはそんな経験なさそうだけど」
「偏見だな。いったいどんな根拠で……」
「……チョーカー、斜めになってるわよ?」
実は超図星なネリンの指摘に反論しようとするも、続けられた一言に対して俺は反論できない。……しょうがないだろ、表彰されることもなけりゃかしこまった場に出る機会もない一般家庭生まれのオタクなんだから。
「……手先が不器用で悪かったね……」
「いいわ、後でちゃんとした付け方教えてあげるから。……あたしだって、その点ではヒロトと同じだしね」
意外なことにネリンは俺の経験不足を笑うでもなく、優しくそう言葉をかけてくれた。
「要はお前ももとは同類だった、ってことか」
「そうかもね……いずれ冒険者として有名になってかしこまった場に行くかもしれないから、って誰に言われてもないのにいろんな服の着付け方とかを勉強したもの」
「そりゃ……かなり先走った勉強だな……」
でもなぜだろう、それをしている幼少期のネリンが容易に想像できる。よくも悪くも、こいつの本質は小さい頃のあこがれのままで変わっていないんだろうな……
「今にして思えば恥ずかしい話だけどね……まあ、そのおかげで今こうやってつけこなせるなら悪くはないかも」
「そうだな。その勉強は、決して無駄になんてならないさ」
少し赤面するネリンに、ミズネがそうフォローを入れた。……が、なぜだかミズネはこめかみを抑えている。
「長老はいつまでたっても『作法などまだるっこしいわ』とおっしゃる人でな……それでいて権威はある物だからたくさんパーティに呼ばれるものだから、私がどれだけ苦労させられたことか……」
「……ああ、やっぱりエイスさん絡みだったんだな……」
あまりに予想通りだったミズネの苦い記憶に、俺は思わず笑ってしまう。「笑い事ではなかったんだぞ……?」なんて困った顔をしていたが、ミズネは咳払い一つで普段の表情に切り替わっていた。
「……そう言えば、ずいぶんと時間が経ってしまったな。思った以上にエリューさんの作品に見とれてしまっていたらしい」
「思い出話も弾んだからね……楽しい時間ってホント一瞬だわ」
空に目をやりながらの一言に、ネリンは苦笑しながら同意を示す。ギルドを出発したときはまだ日が高かったはずだが、いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。
「ま、まだまだ回れるんじゃないか?ネリンのとこに泊まるにしても、早く行き過ぎるのは申し訳ないし」
「そうね……装備屋はまだ空いてるだろうし、今から向かいましょうか」
そんなに遠くもないしね、と言いながらネリンはずんずんと歩き出す。長いことこの街にいるから当然と言えば当然なのだろうが、この広い街で何がどこにあるかを把握できているのはすごいことだよな……俺なんかはまだしばらく地図が手放せないだろうし。
「そこは小物……というか、冒険に必要な道具とかも一緒に売られてる感じのお店でね。もしあの鍛冶屋でミズネと出会ってなかったらあの後に案内しようと思ってた場所なの」
ペースを落とさないままで、ネリンは俺たちにそう解説してくれる。こんなにすらすらと説明してくれる当たり、気分はすっかりツアー客とそのガイドさんだ。もしネリンがいなかったら、俺は装備を整えるだけで一週間は使ってたんだろうな……
「ダンさんの防具屋とクレンから紹介してもらった武器屋、最後にここに寄ってもろもろの小物をそろえたら初心者は安心だーって言われてるくらい万能ななお店なの。……ほら、ここよ」
「へえ、それは便利だな……って、これは……‼」
そう言って、ネリンがある店の前で立ち止まる。……そのシルエットに、俺は強烈な既視感を覚えた。一階建てかつ横長の店構えに、窓際に並ぶ様々な種類の本、そして、その奥に見えるポーチなどの様々な小物。わずかな違いこそあれ、その既視感の正体は明らかだった。異世界でのまさかの再会に、俺は思わず体を震わせて――
「…………コンビニだ、これ…………‼」
そうつぶやく俺の姿を、二人が不思議そうな目で見つめていた。
ということで、もう少しカガネ観光は続いていきそうです。まさかの再会を果たしてテンションマックスなヒロトたちがどんな展開を生んでいくのか、次回以降を楽しみにお待ちいただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!