第九十一話『いつか、たくさんの思い出話を』
「チョーカーか……その発想はなかったな」
ネリンが手に取っているのは、チョーカーの中でも幅が細い部類のものだ。デザインなどからすると女性もののようにも見えるが、男性が付けても何ら違和感がないくらいには自然な仕上がりになっていた。
「そうだな。皆の希望を考えると、これ以上いいものも見つからないだろう」
手足に着ける物はやっぱり動きを邪魔してしまいがちだし、その点では首に着けるチョーカーの便利さは抜きんでている。ひしめき合うように点在する様々なアクセサリーからよくそれを見つけられたもんだと、俺は思わず唸りを上げるしかなかった。
「でしょ?やっぱりあたしの目に狂いはなかったわね!」
「とても目を凝らして探していたもんな……その努力が報われてくれてよかったよ」
胸を張るネリンに、ミズネが穏やかな微笑みを向けている。この街の人との関係性を見ていても思うのだが、やっぱりネリンは応援したくなる何かを持っているんじゃないだろうか。少し自分本位で意地っ張りなところもあるが、それも目が離せなくなる一つの要因なのかもしれない。……一応客観的に見て判断しているつもりだが、俺も多分それにほだされているのだろう。まあ、悪い気はしないけどな。
「少し細めだけど、これなら加護師にも刻んでもらいやすいサイズだと思うわ!それじゃ、あたしたちのお揃いはこれでいいとして……ほかになんか見たいものとかあった?」
三人分のチョーカーをかごに入れながら、ネリンはそう言って首をかしげる。俺はもう堪能したのでミズネに視線を向けていると、少し視線を左右させてから頷いた。
「……いや、もう十分堪能させてもらったさ。ネリンの言う通り、とてもいい場所だったよ」
「ミズネが喜んでくれたようで何よりね……。さ、お会計しに行きましょ!」
ミズネの満足げな表情を見てにへらと笑ったかと思えば、次の瞬間にネリンはお会計に向けて足を動かし始めていた。増えてきたお客さんの中を潜り抜けるかのようにすいすいと歩くネリンの姿を、俺たち二人は見失わないように必死に追いかけた。
「あいつ、なんでこんなにすいすい動けるんだ……?」
「さあ……慣れているからとしか考えられないが、いったいどこで身に着けたんだろうな」
人ごみの中を進むネリンの足取りは軽く、まるで水でもかき分けているかのようにスムーズな動きを見せている。逆に俺たちはと言えば、どうにかぶつからないようにぎこちなく追いかけるので精いっぱいだ。タイムセール中の主婦ってこんな感じなのかな、なんて想像が頭をよぎった。
何せ人ごみの中なので、俺たちが苦戦していることにネリンは気づけない。ハイペースでずんずんと進んでいくのその姿に、俺たちは必死に食らいつき続けて――
「おばちゃーん、お会計よろしくー‼」
レジの前についたころには、俺たちは激しい息切れに襲われていた。当のネリンと言えば、何の疲れもない様子でケロッとしている。……こいつ、いったいどんな人波にもまれて育ってきたんだ……?
「お会計ね。えっと……チョーカーとは、ネリンちゃんも大人になったねえ」
「パーティ皆でのお揃いなの。そう言うことなら、アクセサリーとか身に着けてみるのもいいかなって」
店の奥から出てきたエリューさんは、かごの中に入れられたチョーカーを見て目を細める。ネリンは照れくさそうに頬を掻きながら、どこかあいまいな笑みを浮かべていた。
「そうかい。ネリンちゃんは美人さんだからそう言うの似合うって思ってたのよねえ……感慨深いわあ」
「美人さんだなんて、おばちゃんも口がうまいんだから」
エリューさんの称賛にネリンはわざとらしく両手を頬にあてて見せる。言われ慣れている感がすごいが、実際顔は整ってる方なのが何とも言えないんだよな……正統派美少女って感じで。どこかにファンクラブができているとか言われても俺は素直に納得できるだろう。入ることはしないが。
「なんにせよ、ネリンちゃんが立派に育ってくれてうれしいよ。……冒険者として、これからも頑張りなさいね」
一つ一つのチョーカーをラッピングしながら、エリューさんはしみじみとそうこぼす。ネリンはその言葉に軽く目を落とすと、
「……ええ、絶対に、パパを超える冒険者になってやるわ」
そう、満面の笑みを浮かべてエリューさんに宣言したのだった。
「またたくさん、お話聞かせて頂戴ね。……ほら、ラッピングできたわよ」
その宣言に嬉しそうに笑うと、エリューさんはこちらに袋を差し出してくる。それに対して、ミズネが財布を取り出そうとすると――
「いいのよ、お代なんて」
と、エリューさんは優しく微笑んで腕を左右に振った。
「私はもう、ネリンちゃんにたくさんのものを貰ったから。そんな子が選んだ仲間と新しく出発するって言うんだもの。……それは、お祝いとして受け取っておいて」
「おばちゃん……」
「別に生活に困ってるわけでもないもの。でも、そうねえ……たまにはここにきて、冒険者としての思い出を聞かせてくれると嬉しいわあ。できるなら、三人一緒でね?」
俺たちに気負いをさせないためなのか、エリューさんはそんな提案を持ち出してくる。やりすぎなくらいともいえるその気配りに、俺たちは目を細めながら顔を見合わせて――
「「「もちろん!」」」
そう、声を合わせたのだった。
カガネの街を回るというのはそのままネリンの人物像を掘り下げていくということに他ならないわけなのですが、皆様楽しんでいただけているでしょうか。これからも三人の素顔にもっと迫りつつのんびりとしたストーリーを展開していきたいなあと思っていますので、この先の展開を楽しみにお待ちいただければなーと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




