第八十八話『道中、ワイワイと』
「……それにしても、この町は本当に色彩豊かだな」
唐突にカガネの街を回ることになってからしばらくして。俺たちは他愛ない会話をしながら目的地へと向かっていたが、ふとミズネがそうつぶやいた。
「色彩……そうね、バロメルとかと比べると豊かなのかも」
「そうだな。やはり、人の賑わいがそうさせるのだろうか」
バロメルの街を思い返すと、確かに遺跡と同じようなクリーム色の外壁が多かったように思える。それに比べると、カガネの街は色とりどりの建造物であふれているように思えた。どれも石ベースの建物であることには違いないのだが、その中にもきちんと個性があるというか、しっかりと主張をしている感じだ。
「どうなんでしょうね?ママが言うには、『この町はおばあちゃんのころから苦労して育ってきたのよ』って言ってたけど……あたしからしたら何十年も前の話だし」
街並みを改めて観察しながら、ネリンはそう言って目を細める。かなり懐かしい記憶の話なのか、その口調はいつもより少し自信なさげだった。
「そうか……こういう街並みを見るのは新鮮な気分でな、こうやって歩いているだけでも私は楽しいよ」
「……剣を打ってもらいに来たときは、そんな余裕もなかっただろうしな」
あの時のミズネの切羽詰まったような顔は、今でも目に焼き付いている。そのころと見比べればミズネの表情は明らかに柔らかくなっているし、どことなく肩の荷が下りているように見えた。
「そうだな……あの時は、まさかこの街を拠点にするなんて思っていなかったよ。……ましてや、生きてきて初めての正式なパーティを組むことになるなんてな」
「あたしだってびっくりしたわよ。クレンから紹介してもらった鍛冶屋さんに行ったらなぜか先客がいて、しかも職人さんと言い争ってるんだもの」
「……本当、恥ずかしいところを見せてしまったな……あの時はやはり視野が狭かったのだろうなと、今にして思えば自分が情けない限りだ」
気恥ずかしくなったのか、ミズネはそう言いながらだんだんと顔を下に向けていく。普段毅然とした態度を崩さないミズネがあんなに焦っていたと考えると、やっぱり迷いの森を攻略するのは至難の業だったんだな……
「ま、こうしていい結果に収まってるからいいんだけど。…あたしたちの武器も、いずれ取りに行かなくちゃね」
「ああ、そうだな。……明日のクエストには、間に合わないのだろうか」
「三人分だからね……最低でも一週間はかかるんじゃない?」
「一本一本手打ちだもんな……在庫なんてものがあるようには思えないし」
ほかの武器屋とは違って、販売スペースのようなところがあの鍛冶屋には一切なかった。他の店に委託しているのかもしれないが、あのおじいさんの性格を思うと一本一本オーダーメイドなのだろう。それで名工と言われるくらいなのだから、ミズネがどこかで評判を聞きつけてやってくるのも納得できるというものだ。
「そうだな……後で装備屋によってもいいか?私の装備をいくらか新調したくてな」
「あたしは全然いいわよ。この街の装備屋さんならいいとこ紹介してあげられるし」
「俺も構わないぞ。ポーチとか靴とか、見て回りたいものはまだ山ほどあるしさ」
思えば、ここまで俺はギルドから支給された防具でいろんな冒険をしてきたわけだ。茶色い革をベースに上下一か所ずつギルドのロゴがついているだけの無骨なそれとはすぐにお別れすることになるかと思っていたが、今となってはこれだけの冒険を経ても破れたりほつれたりしないその作りの強さがありがたかった。この調子ならまだまだ使えそうだが、いつまでもそれだけに頼ってるわけにもいかないからな。
「それじゃ決まりね。今日は小物屋と装備屋巡りってことで。……と言っても、全部の装備屋と小物屋をめぐってる時間はないけどね」
俺たちの意見をまとめ、ネリンが観光スケジュールを完成させる。二つのジャンルを回るだけで夜になるのかと思うかもしれないが、そこら中に同じカテゴリーの店が立ち並ぶ地域が点在しているおかげで一日ではそのすべてを回り切ることは不可能だろう。それがカガネが大都市だといわれるゆえんでもあるわけだからな。
「そうだな……見れば見るほど、終わりがない街だよ」
「でしょ?この街一番の自慢だもの。商店街の広さじゃ王都に負けるかもしれないけど、その密度は間違いなく世界一よ」
「だろうな……店と店の間一センチもねえだろこれ」
それどころか、一つの店舗を半分に割って二店開いている土地もあるほどだ。少し中心部を離れれば裏路地もいくつか見つかって来るのだろうが、異世界にありがちな暗い裏通りは今まで目にしたことがなかった。防犯意識も高い街で嬉しい限りだ。
「そもそもが『始まりの街』として設計された街だもの、そりゃ安全は第一よ……なんて言ってたら、着いたわね」
どうやらかなりの時間話続けていたらしく、俺たちは図鑑で見た店の前へと立っていた。入口から少し除く店内は白い光で包まれており、どこか家電量販店を連想させる。
「ここ……か」
「そうよ。ここはアシュー小物店。この街で一二を争う小物屋さんで、ママたちのお得意様でもあるの。……ミズネ、やっぱりセンスいいわよね」
感心したようにうなりながら、ネリンは俺たちへ向けた店の紹介を締めくくる。
――カガネ観光ツアーは、ここからが本番の様だった。
今回は少し箸休めというか、普段よりものんびり度高めな回になりました。これまでのことを振り返りつつ、これから拠点とすることになるカガネの街についてもっと知っていただける回になったならうれしい限りです。しかしまだまだカガネの全貌は見えていないので、これからもお楽しみに!次回、ヒロトたちのショッピング開幕です!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!