第八十六話『おあつらえ向きの獲物』
「……さて、それでは詳しい話と行きましょうか」
交渉成立の直後、俺たちは応接室のようなところに通されていた。係の人が持ってきてくれた紅茶に口を付けてから、クレンさんは咳ばらいを一つ。
「今回はギルドの方に依頼を出す形になった訳ですが、普段なら街道を阻む魔物に対してギルドに討伐依頼がいくことはありません。……というのも、商いを行う方々は護衛兼私兵として冒険者を雇うのが基本ですからね」
「『護衛に金を惜しむことはするな』って言われるくらいだもんね……あたしの知り合いで元冒険者の護衛も少なくないし」
「そうだな……私も、何度か馬車の護衛任務を務めたことがある。その時は『正式にうちの護衛に』という話を貰ったものだが、あの過酷さを考えて遠慮させてもらったよ」
前提のように語られたクレンさんの言葉に、二人はうんうんとうなずく。目を丸くして驚いているのは、この世界の事情に詳しくない俺一人だった。
「えっと……護衛って、そんなに戦闘力が要るものなのか?」
地球にもSPやらボディーガードやらは存在しているからなんとなく想像することはできるが、どうもそれより実情は過酷らしい。俺が何気なく投げかけた問いに、俺以外の三人は揃って顔を曇らせた。
「一度だけパパが護衛の依頼を受けたことがあったんだけどね、うちに帰ってきて真っ先に言ったの。……『護衛なんて二度とやらん……』ってね……。クレンも確かそこにいたんでしょ?」
「そうですね……ええ、あれは二度としたくない体験でした」
「報酬はその分奮発されるのだが、いかんせん精神的な消耗がひどすぎてな……。あれを稼業として高頻度でやれるのは尊敬するよ」
少しうつむきがちにゆるゆると首をふる三人の姿は、仕事に疲れたサラリーマンの姿そのものだ。考えてみれば護衛するために戦う対象が地球とカガネでは違うわけだし、どうも同列で考えていい問題ではなさそうだった。
「とまあ、昔話は置いておくとして。……今回、ギルドの方に依頼を行かせようという動きになった。それだけで、今回の討伐対象はかなり厄介なものだと考えてください。……おそらく、今までここまで商人に対して凶悪な魔物もいなかったでしょう」
真剣な目つきでそう語るクレンさんに、俺は思わず息を呑んだ。
「商人にとって、魔物にしてほしくないことは大別して二つです。一つは、延々と道をふさがれる事。前には小型の魔物が街道を集団で大横断して問題になったこともありましたね」
「あー、あれあたし覚えてるわよ。確かあの時は町の冒険者が総動員されてたっけ」
「その通りです。しかし、これはまだよい方。もう一つ、絶対にされたくないことがありまして……それが、積み荷や商品を傷つけられることです」
クレンさんの言葉に、俺は納得するしかなかった。命あっての物種とはよく言ったものだが、せっかく仕入れた商品が全壊してしまえば赤字は免れない。
「そう考えると、商品は命のようなものなのかもな……」
「ええ、ヒロト様のおっしゃる通りです。商人にとって、仕入れた商品は命と同価値、あるいは命より重いものです。……今回住み着いた魔物は、そこを的確についてくる」
「話が見えてこないわね。魔物が、人間じゃなくて馬車の中の商品を狙ってくるっていうの?」
少し回りくどい説明にじれったくなったのか、ネリンがズバッと本題に切り込んでいく。その質問に、クレンさんはゆっくりと首を縦に振った。
「……ええ、その通りです。あの魔獣の場合、商品を傷つけるためではなく戦術の一環としてそうしているだけなのでしょうが」
「戦術……?魔物が、か?」
魔物にはあまり似つかわしくない単語に、ミズネが首をかしげた。
「そうなんです。今回の魔物は非常に頭がよく、我々がどうされたら厳しいのかを本能だけではなく理性で感じ取っている節があります。……それだけなら、まだやりようもあったのですが……」
「……そう言うということは、何かまだあるのだろうな」
「ええ。…………今回現れた魔物は、二頭一組です。……それも、チームワークの完璧な」
「魔物に、チームワーク……?」
「ええ。おそらくつがいなのでしょうが、二頭の連携はすさまじいものです。……それが、今回護衛だけでは手が回らなくなった理由でもあるわけでして」
「チームワークで攻めてくる魔物ね……チームワークをさらに磨きたいあたしたちにとって、最高の獲物じゃない」
いかにも強者感あふれる魔物についての説明に、最初にそう反応したのはネリンだった。おじけづいている様子もなく、何なら少し嬉しそうにすらしている気がする。……そのポジティブシンキングが、ありがたかった。
「ああ、そうだな。……私たちのチームワークで、その魔物とやらを翻弄してやろうじゃないか」
「……俺たちの成長の糧になるのにちょうどいい相手がいてくれて助かったな」
ネリンのポジティブにつられるように、俺たちもまだ見ぬ魔物に強気の姿勢を見せる。それを見て、クレンさんがふっと笑った。
「頼もしい限りですね。討伐作戦の決行は明日の昼になりますので、それまではごゆるりと準備を。……皆さん、一緒に頑張りましょうね」
「ええ、あたしたちに任せときなさい……って、『一緒に』?」
その言葉にネリンがいつも通り胸を張ろうとしかけて、とぼけたように聞き返す。……それに対して返ってきたのは、衝撃的な回答だった。
「ええ、私も討伐作戦には戦士として参戦します。……私たちの連携、魔物に見せつけてやりましょうね」
少し不穏さを残しながらも、三人は初めての討伐作戦へとっ向かっていきます!連携する魔物たちに対してヒロトたちがどう動くのか、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!次回次々回は作戦決行までの猶予時間の回になるかと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!