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第八十三話『ネリンの秘策』

――ネリンのその発言の意味を正しく読み取るまでに、俺は数秒の時間を要した。


「この状況を返す……たって、そんな簡単な話じゃねえんだぞ?」


 現にネリンだって頭を悩ませていたはずだ。それもそのはず、これは俺たちの弱点をクレンさんが把握しているからこその窮地なのだから。成り行きではなくなるべくしてなったこの状況に、有効な打開策なんてあるはずが――


「そりゃ簡単な話じゃないわよ?……主にあたしたちが、死ぬほど頑張ることになるわ」


……と、こともなげにネリンはそう言い放った。


「死ぬほど頑張る……って、結局根性論なのか⁉」


 とてもじゃないが作戦とは思えないその発言に、俺は目の前の敵を捌きながら叫ぶ。するとネリンもそれに負けじと目の前の敵を叩き落とし、大きく息を吸い込んだ。


「この作戦にはね、前提がいるの!そこをクリアしたらあとは作戦勝ち、分かる⁉」


「前提だあ⁉」


「そう、大前提!あたしが考えた策に移るまでに、あたしたちは死ぬほど頑張って条件をクリアしなきゃいけないの!」


「なるほどな!……で、その条件を満たすための作戦は⁉」


「死ぬほど頑張るだけに決まってるでしょ⁉」


「欠陥作戦じゃねえか‼」


 実行に移せない策などこの場では何の役にも立たない。というか、死ぬほど頑張ってからが作戦の本番とか綱渡りが過ぎるし。……ネリンの秘策などに頼っている暇はなかったと、そう結論付けて俺は再び頭を回そうと――


「御託はいいから!あたしたち二人でさっさとミズネに合流するわよ!」


 そう言うと、俺の返答を待たずにネリンはくるりと背を向けて走り出した。


「おまっ、ちょ待てって!」


 突然の転進に戸惑いつつも、俺はバックステップでネリンを追いかける。二人して敵集団から目線を外すだけの勇気は、残念ながら俺には持ち合わせがなかった。


「おいネリン!何勝手に作戦実行してんだ!」


「グダグダ言ってたって負けが近づくだけでしょ⁉なら思い切って当たって砕けた方が幾分マシよ!」


 俺の叫びに対して、ネリンが懸命に走りながらそう叫び返してくる。……その理論は、確かに説得力があるように不思議と思えた。


 初対面から分かっていたことだが、ネリンは大の負けず嫌いだ。それでいてかなりの意地っ張りだし、それが災いして空回りするところも見てきた。それで追い込まれたこともあるし、それが必ずしも長所という訳じゃないのも知っている。


 だが――


「ネリン!その作戦が決まれば、俺たちは勝てるんだな⁉」


 気が付いた時には、俺はネリンに向かってそう叫んでいた。


「ええ、あたしが約束する!作戦を実行するために、あたしたちが死ぬ気で頑張らないといけないけどね!」


 俺の質問に、ネリンはノータイムでそう返す。大きな頷きとともに放たれた言葉には何の根拠もなくて。それを何の疑いもなく言い放てるネリンに対して羨ましさすら感じてしまって。


「……分かった!今回の作戦はお前に任せる!」


――信じてみたく、なってしまった。


 ネリンが描く未来図を現実に変えたら、きっと恐ろしいくらいに爽快だろうからな。俺がいい策を思いつけない以上、ネリンの秘策に賭けてみるのも乙なものだろう。


「話が分かるじゃない!そうと決まればミズネまで一直線よ!」


 ネリンは二ッと笑って見せると、ミズネのもとへと向かう足をさらに速める。俺もそれに追いつきたいところだが、後ろからゾンビ映画のワンシーンのごとく迫って来る大量の魔道人形をガン無視するわけにもいかない。その動向に目を光らせながら、俺はできるだけ早くバックステップを繰り返す。


「ヒロト、もう少し早く来れないの⁉」


「これだって十分全速力だっつの!魔道人形の動きも見ないとだし……って、なんか打ってきた⁉」


 ネリンの無茶ぶりに息が切れるのも構わず叫び返していると、後列にいた魔道人形の背中が一瞬光った気がした。そしてその数秒後、空中にふらふらと光の玉が浮かび上がった。


「最近試験実装された魔法弾です!外傷は受けませんが、喰らうとまあまあ痛いのでご注意を――‼」


「そう言うのは先に説明しててくれませんかねえっ⁉」


 ここぞといわんばかりのクレンさんの解説に、俺は悲鳴を上げながら左右にステップ。必死の回避を続ける俺の周囲に、ずどんと重い音を立てて魔法弾が着弾した。


「ヒロト、今凄い音したけど⁉」


「クレンさんとこの新技術だってよ!当たるとクソ痛いらしい!」


「そんなサプライズいらないっつの―――‼」


 俺と全く同じ反応を示して、後ろに聞こえるネリンの足音が速くなる。俺もさっさと離脱したいところだが、それで背中に魔法弾を食らうのは御免だ。


――しかし、いくら足が遅めな魔道人形と言っても俺のバックステップよりは速い。魔法弾を避けるために左右に動いているのもあって、どんどんその距離は縮まりつつあった。


「くそ、あと少しだってのに……‼」


 ミズネが放つ氷魔法の音は徐々に近づきつつある。コロシアムの広さを考えても、もう少しすれば合流できるはずだ。……しかし、それよりも俺が追いつかれるのが早いだろう。剣で何とか捌いてはいるが、一度に二体来られては流石にきついものがあった。それを何とか躱して一息入れていると、今度は三体が同時に俺に向かって構えているのが見える。


「……いやいや、それは流石にきついって……」


 あまりに絶望的な光景に、俺は苦笑いすることしかできない。これだったら俺も全速力で走っとくんだったなと、自分の度胸のなさを悔やんでいると――


「……『フロストウォール』‼」


「……へ?」


 俺と魔道人形の間に、大きな氷の壁が展開される。厚さも十分なそれは、完璧に魔道人形の侵攻を防いでいた。


「よくやってくれたわね、ヒロト。……大前提、満たしてやったわ!」


「一番大事な部分実行したの、お前じゃないくせに……」


 とっさに振り向くと、そこには誇らしげに腕を組んでいるネリンがいた。その自慢げな表情に、俺は思わず笑ってしまう。それに少しふくれっ面をしながらも、ネリンはくるりと正面を向き直った。


「疲れてるとこ悪いけど、もうひと頑張りしてもらうわよ。……あたしたちのターンは、こっからなんだから!」

今まで他二人の影に隠れがちだったネリンですが、今回活躍シーンをかけてうれしい限りです。少し幼い部分もありながら、芯のあるネリンのことを少しでも好きになってくれたらうれしいです。もう少ししたら読者様にどのキャラが好きか聞くのも楽しそうですね……

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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[気になる点] “今まで他二人の影に隠れがちだったネリンですが、今回活躍シーンをかけてうれしい限りです。少し幼い部分もありながら、芯のあるネリンのことを少しでも好きになってくれたらうれしいです。” ……
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